五日市街道とわらつけ街道の角に、熊川二宮という40数メートル四方ほどの小さな大字がある。五日市街道の第五ゲート付近は、飛び地なども絡み、大字の境界が複雑で、不案内な者には難しい。というか、福生市福生が大字だったことがまず衝撃だったのだが、とりあえずそれはおいておく。熊川二宮はその狭さを反映して、2015年の統計では人口わずか9人。昭和も59年の段階で、わざわざ広大な大字熊川からみて猫の額ほどの熊川二宮を分離させる理由は一体なんだったのだろう。
また、福生二宮も昭和59年に大字福生から分離した大字。大字福生の南東の角に位置して、大字福生に飛び地を2つ生み出している。この区画はかつての字で武蔵野富士塚と言ったらしい。ちょうど立川段丘のへりから拝島段丘に下る坂の上にあたり、富士山もよく見えたのだろうが、富士塚というと浅間神社でもあったのか。二宮という地名なのも、いかにもそれらしくはある。