Thursday, April 06, 2017

市営球場



福生球場の桜がナイター照明で眩い。福生球場は段丘の斜面を活かしたスタンドがいかした市営球場。規模は違うが、ブラガのような地形などを利用したスタジアムは楽しい。改装前の球場では巨人対国鉄の公式戦も行なわれたそうで、その試合では別所が完封して、川上がヒットを打ったとか。昨年はブラインドサッカーの東日本リーグ最終節なども開催されていた。

Sunday, April 02, 2017

花伝



わざわざ喫茶ポプラに近い宿に泊まったので、朝十時なら営業していないかと覗いてみるが、やはりやっていない。おまけにトーストやサンドイッチ類はやめてしまった事実まで突きつけられる。これから「しきじ」のために静岡にはちょくちょく来ることになるかもしれないと思ったところで、ポプラの営業縮小は寂しい。

呉服町通りを駅に向かって歩いていると、パルコでは「ピエール瀧のしょんないTV展」を開催中。午後には広瀬アナとザコシショウが来店してイベントも開かれるとのこと。広瀬アナはちょっと見たかったが、なにしろ各駅の旅なので、昼前には静岡を後にして帰路につくことにする。

帰途はまず沼津にて昼食。昨日の晩餐が天ぷらだったこともあり、天丼の伊豆家はとりやめ、北口のニュータロー21で定食。南口の桃屋で惣菜パンを買い込んで熱海に移動し、まる天の練り物を買い足して帰る。そういえば、18きっぷの旅は久しぶりで、上野東京ラインが開通して初めてということになる。やはり東京が始発終点じゃないのはかなり面倒で、次への意欲は少し削がれた。

Saturday, April 01, 2017

しきじ



サウナの聖地こと静岡の「サウナしきじ」へ18きっぷで行ってみることにした。東京から東海道線の快速に一時間半ほど乗って終点の熱海で下車し、駅前のレストランフルヤにて小憩。熱海からは各停の浜松行に一時間ちょっと乗車して、14時過ぎに静岡駅に到着。駅前の「まるしま」のおにぎりとおでんで腹ごしらえする。

「サウナしきじ」には登呂行のバスで向かう。早速、サウナ室に入ると、テレビに映っているのは静岡ダービー。これは静岡を満喫だなと思ったのだが、1セット終えてサウナ室に戻ると、野球の巨人戦に変えられていた。ただ、3セットして上がった階上の休憩室ではメインの大画面テレビが静岡ダービーである。四年ぶりだという静岡ダービーは磐田の完勝であった。試合の結果を見届けて階下に戻りさらに2セット。確かにこの水風呂はやばい。しきじのエントランスには、先ほどのダービーで美しいオーバヘッドを見せていたテセのサインのほか、キングカズとりさ子夫妻の色紙もある。ご夫妻のサインした日付が違っているのもかえっていい。



静岡駅に戻り、北口の繁華街にある宿に投宿後、商店街を歩いてみつけた天文本店という天ぷら屋にて夕食にする。残念ながら、桜エビ漁は明日から再開とのことである。腹ごなしに少し歩いた後は、呉服町の喫茶ポプラへ。以前は午後10時まで営業していたポプラだが、昨年に引き続いて開いていない。目当てにしていたポプラのフルーツサンドを食いそびれたので、キルフェボンで映画『ジャッキー』のケーキを食べてしまった。

Sunday, March 26, 2017

道とん堀



久しぶりに道とん堀でお好み焼き。道とん堀は福生に本社と1号店がある日本最大のお好み焼きチェーン。逆輸出というか「福生といえば、道とん堀の本店があるとこだね」と関西人に言われて知った次第。

日頃、道とん堀の前はよく通ることもあって、向かいのボクシングジムでサンドバッグを叩く音などを聞く。16号のリック吉村のジムは友好祭の時に本人の姿をおみかけしたが、練習時間に前を通ったことはまだない。福生のボクサーといえば、ポケモンのエビワラーの由来となった海老原博幸だが、福生での逸話などはネットで見かけない。金平ジムでは同時期にジョー山中もいたことになるはずだが、そういう話もない。ちなみにジョー山中やカシアス内藤などは横浜の人である。

Friday, March 24, 2017

オムライス



拝島駅を越えて南の方を少し歩く。拝島第三小学校も拝島中学校も卒業式のようだ。昨年の暮れ以来の芳楽でオムライス。おばちゃんはいなかったが、十円の気持ちは健在。

Thursday, March 23, 2017

タイム



ミュージックパブ・タイムが取り壊されて更地になっていた。このあたりの風景ももう間も無く失われるのだろう。

Monday, March 20, 2017

親しみ



チーズアンドオリーブから玉川上水に出て羽村へ。

Sunday, March 12, 2017

ぼたん



睦橋を渡って東秋留の方へ歩いていると、「ニューぼたん」という昔ながらのモーテルがあった。そういえば、福生駅前に現れたイノシシはどうなったかな。

Friday, March 10, 2017

片倉シルク号



ふと思い立って中央図書館の郷土資料室に立ち寄ってみたら、ピカピカの片倉シルク号が展示されていた。絹自転車のロードレーサーもいいんだけど、手頃な軽快車か実用車が出てこないかな。

Tuesday, March 07, 2017

ヘラクレス



おととい岩国から来たオスプレイが低空を飛行している。3月に入って、輸送機「ハーキュリーズ」の新型「スーパーハーキュリーズ」が配備されたらしいが、地上から見上げる輸送機が4.5メートル長くなったぐらいの違いでは素人には皆目わからない。もちろん性能は向上し、航続距離が増えたそうで、乗員も3人に減るらしい。軍備が縮小されたり、軍事費は減るのは喜ばしいことなのだが、フライトエンジニアとナビゲーターがいらなくなったと言われると、駅員も車掌もいなくなる鉄道みたいな寂しさも少しある。

Saturday, March 04, 2017

もくせい



本日は市民会館でクロマニヨンズ。牛浜駅前のポケモンジムにもHirotoMarcyなるトレーナーのカビゴンが君臨している。はじめて牛浜駅で降りたと思われる人々が素っ気ない駅前にたじろぐ様子を見ながら、駅前の居酒屋「火の鳥」で早めの夕食。店内のBGMは当然のようにクロマニヨンズ特集で、思わず下北沢珉亭の玉子チャーハンが食べたくなったりする。名店「火の鳥」は、もちろん公演後の一杯にオススメだが、東口にも、西口の牛浜駅前名店街みたいなのがあればと思う。

Thursday, March 02, 2017

ゴロワーズ



ムッシュかまやつ氏が亡くなった。昔、ゴロワーズを2〜3箱吸ってみたことがあるが、フランス土産で買ったのか、日本で買ったのか覚えていない。パリに行った時に吸っていたのは当時松永真氏がデザインしたばかりのジタンブロンド。パリ滞在中、モンパルナスのセルジュ・ゲンズブールの墓を訪ねると、ライダースジャケットを着た兄ちゃんがふらふらと寄って来て、何かと思ったらタバコをせがまれた。

Sunday, February 26, 2017

八清通り



拝島から立川行きのバスに乗り、奥多摩街道を途中で降りて東中神へ。奥多摩街道から駅に向かう途中、ロータリーから放射状にデザインされている街並がある。ここは軍需工場の労働者のために作られたニュータウンで、往時は立川にもない封切映画館や立派な温泉銭湯などがあったり、福生や近隣の町からも買い物に集まるような商店街でもあったという。



昭和村にニュータウンが出来た頃は、青梅線の南側を五日市鉄道が走っていて、その南中神駅や武蔵福島駅と青梅線の東中神駅の中心にロータリーがあった感じかもしれない。昭和公園にピカチューがいるということで出向いて、初めて知ったような次第なのだが、今では立川よりも気に入って通っている。

Sunday, February 19, 2017

セツブンソウ



東中神から昭和記念公園へ。セツブンソウというのは、なかなか可愛い花であった。

Thursday, February 16, 2017

捨カバン



強風の後、路地裏にカバンが転がっていた。カバンの中に何かいたのか、ゴミの責任者が咎められているのか。カバン自体が貰われ先を探しているようでもある。

Monday, February 13, 2017

テンピンボウリング



16号を瑞穂町まで北上し、八高線の飛行場踏切を渡って基地の北側を西へ。気持ちいい青空のTOMODACHI LANES。フェンスの向こうとはいえ、ピンの看板がないのが残念。

Sunday, February 12, 2017

探石行



多摩橋を渡って、五日市街道を山の方へ歩く。秋川駅前のコメダで休んで日の出町のモールまで歩き、バスで福生駅まで戻った。つげ義春の『無能の人』で石を訪ねて行ったのは山梨だったが、多摩川も上石原から遡ってここぐらい上流になると、なかなか立派な石もある。

Friday, February 10, 2017

特殊紀行



昼食に奥多摩街道のサンドイッチ屋へ。カウンターに座った五十路の常連さんが、おとといフィリピンから帰って来た話を大声でしている。現地で二回買って一回しかイケなかったなど。Uberで来た運転手の兄ちゃんがいいヤツで家まで行ったなんていう話を聞いて、『ディープコリア』のことを思い出した。

Wednesday, February 08, 2017

羽村山口軽便鉄道



福生北部を航空写真で見ると、羽村の取水堰から横田基地までを一直線に貫通している緑道がある。これは砂利運搬用に敷設された羽村山口軽便鉄道の跡で、横田基地を越えて狭山湖まで続いていたものだという。加美平の団地を抜けて、工場の合間を貫く道を歩く。狭い緑道に覆いかぶさった梅が見頃である。武蔵村山側にあるという隧道も気になるところである。

Friday, February 03, 2017

Star Power



多少の擦った揉んだがあったものの、最終的にプロパンガス屋を変えることとなり、ボンベの交換工事をした。壁龕(ニッチ)というわけでもないが、風呂場の窓下にあった段差の上に安置していた直島のI♥湯セットが、工事の振動でタイルの上に落ちて欠けていた。

Tuesday, January 31, 2017

アマゾン



夜食に入った牛浜のファミレスで、南米人らしきお爺さんが、アジア人らしきお婆さんに、つたない日本語でスペイン語を教えている。あまりに慎ましく仲睦まじい様子に思わずジンとする。

福生に越すことになって、牛浜に「アマゾン」という面白い店があるという話を聞いた。ただ、下戸としてはなかなか敷居が高い店で、足を踏み入れられる気がしない。

Wednesday, January 25, 2017

プロパン



福生に住んで、生まれて初めてプロパンの世話になり、特に何も考えずにガス屋と契約していた。町中で各戸のボンベを見るにつけ、よくこれだけ色々な会社がプロパンで商売しているものだと感心させられるが、それぞれガス代が全然違うのだという。ネット上では、安い値段で契約をとって値上げしていく例も多々報告されているが、実際かなりの価格差があって驚かされる。

古い福生新聞を見ていると、「マルヰのプロパン」というガス屋の広告があった。マルヰというのは、このあたりでは古いガス会社なのだろうと思ったら、元々は岩谷ガスのブランド名から由来しているものらしい。

家庭用のプロパンはシェアトップの岩谷ガスが、昭和20年代に「マルヰプロパン」として日本初の家庭用LPGを販売したことに始まる。全国のマルイと名のつくガス会社は、必ずしも岩谷の子会社というわけではなく、代理店みたいなところも多いのかもしれない。また、岩谷創業家の長男が別途設立したのが、関東でシェア2位のニチガス。2009年に兄弟会社の岩谷から、ガスの供給を止められるという複雑な関係でもある。ちなみに、福生の都市ガスは、東京ガスではなく、武陽ガスによるもの。

不意にガスボンベの交換に遭遇すると、『海炭市叙景』のことを思い出したりする。そして、切なさにおそわれながら、思わず足の指を縮こませてしまう。そういえば、函館にはもう10年行っていない。

Saturday, January 21, 2017

いこい



八王子の憩にて小憩した後、南口に渡って山喜でトンカツ。八王子に行く機会が増えた半年前の2015年末にフランクが閉店していたのは返す返すも残念。

Tuesday, January 17, 2017

牛濱驛



拝島駅のコンコースほどではないが、牛浜駅の橋上からも富士山がよくみえる。青梅線初の橋上駅舎の面目躍如である。

Monday, January 16, 2017

氷鉢



水道が凍らないように水を少し出したままにするという雪国の話があるが、氷点下5度の夜を明かした給湯器がお湯を出してくれなくなった。商店街が開くぐらいの時間まで様子をみていたら、なんとか復活していたのだが、このぐらいの気温はまだ続きそうなので少し不安である。

一方、室外の睡蓮鉢は、数センチにもなる厚い氷がはっている。流石にメダカも氷漬けになってしまったのではと一瞬危惧したが、底の方で何事もなかったかのように漂っていた。

Sunday, January 15, 2017

霜焼け



週末を前にした牛浜駅が、簡易Suica改札機の準備をしていた。牛浜で簡易Suicaを見るのは友好祭以来で、そんな人出の見込まれるイベントは何かと思ったら、フロストバイトロードレースなる横田基地内を走るマラソン大会らしい。大会当日となり、混雑の予想される青梅線沿線を離れることにして、武蔵村山のイオンシネマで『アイ・イン・ザ・スカイ』を観賞。夕方、拝島に戻って上水ぞいの銭湯に寄ってみると、はるばるやってきたマラソン帰りの人で大変なことになっている。

以前、ふらっと武蔵五日市駅に行った時、町中が市民ランナーだらけで参ったなと思ったら、ハセツネと呼ばれる日本最高峰のウルトラマラソンが行われるところだった。そんなものが毎年五日市で行われているのかと驚いたが、71キロの山道を24時間かけて走る人たちだったと分かっていれば、畏敬の目で見送っていたことだろう。一方、フロストバイトは、成人でハーフと5キロの2種目。参加賞のアメリカンなトレーナーも人気を呼んでいるらしい。

Wednesday, January 11, 2017

福生町営と場



福生の東口にはハム工場が2つある。1つはレストランも併設した大多摩ハムで、もう1つは木曜だけ直売をしている福生ハム。この段階で何か気づくところがあっても良さそうなものだが、こんな近くに二軒もハム屋があるんだなぐらいの意識で福生ドッグを食っていた。

先日、福生新聞という昭和40年代に廃刊したローカル新聞をネットで見ていると「福生町営と場」という広告があった。一瞬「賭場」かと思ったが、そんなものが町営である筈もなく、屠殺場の「屠場」である。古地図などを見ると、所在地は現在のセントラルフィットネスクラブの駐車場あたり。これは大多摩ハムと福生ハムの中間にあたるといってもいい場所だ。

戦後、本場品川のローマイヤー氏のもとで修行したという小林氏が、福生屠場の高橋氏から用地を紹介されて設立したのが大多摩ハム。続いて、屠場の高橋氏自ら設立したのが福生ハムであるという。ちなみに、福生の屠場は多摩川の河原の方に建て替えらえれた後、昭和47年に廃止された。当時は東京で芝浦に次ぐ歴史ある屠殺場とのことであった。

Tuesday, January 10, 2017

都市再生機構



冬になってから、ずっと富士山が見える。多摩川越しの富士山を眺めながら、団地が並ぶ土手を歩いていると、多摩川の流れに沿ってC-130輸送機が一機また一機と飛んでいき、6両編成の五日市線が多摩川の鉄橋を渡って行く。このあたりは河口まで50キロのあたりで、国道16号だと横浜まで50キロぐらいになる。

Wednesday, January 04, 2017

元服



奥多摩街道沿いにある貸衣裳店のショーウインドウがきらびやかな新成人の姿に彩られている。本場沖縄ほどではないにしろ、基地の町として福生の成人式もそれなりの雰囲気はあるのだろう。件の貸衣装店は日本で初めてカラー紋付を開発したというのだが、基地の町からヤンキー文化を発信したということになれば、それは正統という気もしなくはない。

Monday, January 02, 2017

カモフラージュ



初詣に神明社へお参りして、裏参道の階段を下りると、隣接した長徳寺前の六地蔵さまが迷彩の上着をお召しになっていた。