minute
or not so quiet underlife in fussa
Sunday, December 04, 2016
Another distinguished lane
五日市街道の拝島駅側に「新東京ダイヤモンドボウル」という大層な名前のボウリング場がある。横田基地の中には「TOMODACHI LANE」というボウリング場があるものの、福生市内で現在営業しているボウリング場はここだけ。かつてのスターボウリングの会場でもあり、プロも所属している昔ながらの大箱で、以前はカートまで楽しめたとか。10月に公開した『お父さんと伊藤さん』という映画の中では、上野樹里、リリー・フランキー、藤竜也がここでボーリングをしているらしい。
Thursday, December 01, 2016
フライングディスク
12月に入って、東福生の駅前やフレンドシップパークにもイルミネーションが灯った。深夜の徘徊中、暗闇に沈んだわらつけ公園に差し掛かったところ、アメリカ人の二人組が光るフリスビーを投げ合いながら横を通り過ぎていく。鮮やかに光るディスクに見とれていると、フリスビーを構えながら「スイマセン」と声をかけられたので、通行中の皆様にはご迷惑をおかけしておりますというような意味だと思ったが、去り際に「ダメデスカ」と言うのを聞いて、キャッチしないか?という提案であったことに気づく。遠ざかっていく二人を見て、自分の察しとノリの悪さに軽く絶望する。あの光るフリスビー結構やりたかったな。
Sunday, November 27, 2016
川の手
川の手の屋敷街を歩いていると、豪邸の一つに吉増という表札があった。その時は漫然と吉増剛造氏の吉増だと思いながら通り過ぎていたが、実際、吉増剛造氏は福生にゆかりのある方らしく、先年には市民栄誉賞が贈られ、市立図書館には特設コーナーがある。今年出たばかりの新書『我が詩的自伝』はすぐにでもKindleで買うとして、赤瀬川源平による装丁の『黄金詩篇』はそのうち図書館で実物を手に持ってこよう。
Thursday, November 24, 2016
今朝の雪
予報通りの雪。近所を雪見して歩き、福実でラーメンを食いながら雪のニュースを見る。東京では54年ぶりに降る11月の雪だそうだ。米軍ハウスの見事な芭蕉も薄っすら雪をまとっている。
Monday, November 21, 2016
千の風
Thursday, November 17, 2016
暴風
テクスメクスのマイクスに昼食に入ると、店長がテーブルで取材を受けている。内容は当然レストランの紹介なのかと思いきや、次期大統領にトランプの当選が確定しましたが…というシリアスな話題。メキシコとの国境に壁を作るとか、ヒスパニックへの差別に関していえば、極東のメキシコ料理店にあまり影響がないとしても、客は9割以上ベースの人なので、万一にでも基地が撤退したら大変なことになるというような所感であった。ちなみにハーレー乗りであるホグヘブンのマスターは、当然のようにトランプを支持している。
Saturday, November 12, 2016
真金町
横浜線を桜木町で降りて、ぶらぶらと黄金町の方へ歩く。横浜橋の商店街は、どこかで見覚えがあると思ったが、たぶん昇太師匠が真金町の師匠を訪れるみたいな番組だろう。商店街の脇道を入った松本コーヒーで小憩し、豊野で大盛りの天丼を食う。すっかり夜になって、遠征の目的だったスコリモフスキーの『イレブン・ミニッツ』をシネマジャックにて観賞した。
Thursday, November 10, 2016
ポヨリーコ
玉川上水の緑道に味をしめて、再び羽村まで歩き、気になっていた羽村駅前のペルー料理店ポヨリーコへ。メニューを開くと、料理はいずれも目移りさせられてしまうものばかりだったが、オススメのロモ・サルタード(牛肉・タマネギ・フライドポテト炒め)をいただく。一人じゃなければ、セビチェ、パパアラウアンカイナ、アンテイクチョスなんかも是非食ってみたい。
Saturday, November 05, 2016
ブロックパーティ
ベルハンドクラブ前のブロックパーティにホグヘブンが来るということで、ピザを買いに出かける。普段、高級車がずらっと並んでいるベルハンドクラブの駐車場から車が消え、そこにステージと屋台が設置されている。ベルハンドクラブはブルジョワの会員制クラブで、調布で墜落した飛行機もこちらの所有だったという話。一階の事務所的な部屋の中にはキャットタワーが見える上、ネコがいるので開放禁止という注意書きもあり、いつも気にして見ているのだが、まだネコを見かけたことはない。それにしてもピザは次いつ食えるだろうか。
Thursday, November 03, 2016
野鳥村
玉川上水を羽村の方へ歩く。途中、上水沿いの公園に、野鳥の会創始者の中西悟堂が構想していたという「野鳥村構想の地」のプレートがある。戦中の昭和19年、野鳥村は建設請負人に資金を持ち逃げされて、その計画が潰えてしまった。上水を取水堰まで歩いていくと教科書で読んだ玉川兄弟の銅像。そこから羽村駅に向かう坂の途中には「大菩薩峠」の中里介山の墓があった。
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