Wednesday, May 30, 2012
浜寺
5月19日。宿のバイキングで明石焼の朝餉。梅田の近くに泊まったのに、喫茶マヅラもキングオブキングスにも行かなかったのは少し未練が残る。なんばから南海電車に乗って、浜寺公園に遊ぶ。辰野金吾が手がけた初めての駅舎建築というのもざっと見物する。土曜の朝、椰子の木の下に集う老人たちが「青い山脈」を気持ちよく歌っている。煙のたなびく煙突につられて、公園を奥に進んで行くと、松林の向こうに水路がのぞき、舵なしフォアがスイスイと滑っている。公園を辞して浜寺を去る前に、車窓から見えて気になった「高級文化住宅 南海荘」を訪う。その寂びた佇まいもさることながら、南海と阪堺に囲われた立地がまた素晴らしい。
南大阪の浜寺公園を一回りした後は、北に翻して万博記念公園へ。天下茶屋でうどんを啜り、堺筋線、千里線、大阪モノレールと乗り継いで万博記念公園駅。太陽の塔のでかさはそれだけで胸が躍る。公園の入口にて生誕100年記念の岡本太郎ガチャで少し散財し、東京でスルーしてしまった今和次郎採集講義を国立民族学博物館で堪能する。ついでに前川國男の鉄鋼館だったEXPO'70パビリオンも一回り。帰路、空港に行く前に千里中央のニューアストリアでカツサンドをつまむ。伊丹空港を飛び立つと佐紀盾列古墳群が見えた。
Tuesday, May 29, 2012
徳庵
梅田に戻ってステーションシティを素見し、日も傾きかけたところで、トンカツを食いに東大阪へ赴く。しがない大阪の町といった風情の徳庵の街並も案外良い。トンカツ屋にはひっきりなしに弁当注文の電話が飛び込み、演じているのではというぐらいのドジっぷりが今田耕二風の店員氏が、大繁盛の店内にさらなる混乱の彩りを加えている。のんびりと料理を待って、エビクリームコロッケに唸る。そういえば、徳庵駅の入口にある不思議地蔵尊というのは何だったのだろう。ミナミに戻ると、おはぎの玉製屋がとっくに閉店済みだったので、丸福珈琲に寄ってついホットケーキまでいただいてしまう。飽食を尽くし、這う這うと宿に戻る。
Monday, May 28, 2012
尼崎
尼崎の市営バスで市役所まで行き、西難波界隈を歩く。店前に出した椅子に老婆が微睡む文学堂書店は、その風情があまりに完璧過ぎるので、書架のジャンプ一冊さえ、よそ者が汚してはならない気にさせる。路上に蒔かれた餌を啄むスズメに不用意に近づいていくと、庇護者であろう眼前の串カツ屋の親父にギロリと睨まれる。実は目をつけていた串カツ屋だったのだが、ついたじろいで目を逸らしてしまう。ひっそりした西ナニワ商店街のアーケードと、そこに交差して佇むささやかな難波市場を見て回る。市場の休日を示す看板によれば、この日は営業日であるはずなのだが、開いているのは雑貨店一軒で、西ナニワ商店街のアーケードも八百屋一軒しかやっていない。掠れかけた看板に「薄利多売の店」と見える金物屋は、どこで算盤が狂ってしまったのだろう。
出屋敷行きバスの超絶的に酒臭い車内で、昏睡状態のおっちゃんが横たわっている。時刻は昼の2時を過ぎたばかりである。出屋敷駅から小体なアーケードの出屋敷中通りを抜けると大衆喫茶玉一の跡があり、さらに阪神尼崎駅方向に少し進むと、三和市場を手始めに大商店街がはじまる。歩き疲れた体に生姜を絞った冷やしあめが美味い。「マジック108」という札を抱えた虎公が、アーケード上空のレールをギコギコ往復している。 ひとしきり巨大商店街を巡り、喫茶ジャワにて小憩する。
Sunday, May 27, 2012
エデン
5月18日。朝の梅田駅の御堂筋線乗換口の混雑ぶりには閉口したが、関西全般に座席はゆったりしている。梅田からは阪急で神戸へ向う。殆どの乗客が三宮で降りて、車内モニターを見上げると、「ディスコの女王ドナサマー死去」の文字が流れていった。乗り換えの新開地で下車し、喫茶エデンでモーニング。「ホットと玉子」といいながら席に着いた常連らしき爺さんが、あれでもないこれでもないと新聞を漁っているので、読みもしないのに囲っていたデイリーを、よろしかったらどうぞと差し出す。案の定、「あ、デイリーデイリー。よろしいんですか」と大層満足していただく。新聞だまりの横を見ると先日上梓された『純喫茶コレクション』が置いてあったので、エデンの掲載ページをパラパラと眺める。
六甲の山を電車で登り、広大な墓苑を廻る循環バスに乗込む。発車を待つ車内にはローカルFMのキスFM神戸が流れている。フォーシーズンズフライデーエディションという番組が、GLAYの新曲をかけようとしたところでバスのエンジンがかかると、しめやかに案内放送に切り替わった。毎度何らかの課題を残し、墓参は慌ただしく過ぎる。山を下りて、三宮の大衆食堂ほうらくにてオムライス。復路は阪神電車で尼崎へ向った。
Saturday, May 26, 2012
桜井1番街
和歌山からは中央構造線に沿って和歌山線を東に進む。南に見える紀伊山地は黄砂気味で、そういえば前回来た紀伊山地も黄砂の日だったことを思いだす。駅前に立派な木造旅館のある高野口を越え、奈良県に入っては吉野口を過ぎる。高田駅で20数分の停車をしたあと、電車は桜井線に乗り入れる。途中、桜井駅で下車し、一番街〜本町通〜中央通と連なるうらぶれたアーケード街を歩く。主に下校の学生ながら、人通りは少なくはない。昭和天皇も利用したという貴賓室を有する畝傍駅まで戻り、暫時古い木造駅舎に佇む。
山辺の道に沿って桜井線を北上し、巨大な天理の施設を過ぎると終点の奈良。さらに奈良線、木津線と乗り継いで大阪市内に入り、地下鉄でミナミに赴く。4年ぶりの今井で、かちんうどんと木の葉丼を食す。やはり美味い。雨が降ってきたところで徘徊を切り上げ、御堂筋線に乗って中津にて投宿。
Friday, May 25, 2012
ぶらくり丁
5月17日。例年通り立夏を過ぎたところで神戸の墓を掃いに出かける。並んで拝した者が当の墓に納まったりしながら、年中行事となった墓参もかれこれ6年目となる。翌日に予定している墓参を前に関空に降り立ち、まずは阪和線を南下する。泉南を進む紀州路快速が俄に渓流の趣を見せはじめると、列車は山中渓駅に差し掛かり、駅前には「国鉄推奨ハイキング」の古い看板が見える。流石に国鉄に推奨されたままとなると、辺りは見事な廃墟の装いである。国境の渓谷を越えて次の駅はその名も紀伊駅で、ほどなくして和歌山駅に到着。しばし駅前の美園商店街を徘徊すると、重厚な紀の国屋書店が役目を終えて佇んでいた。
和歌山駅周辺はそこそこに、和歌山市駅まで和歌山城を北西に回る。途中、年季の入った瓦屋根の並ぶ紀和駅の辺りもやはり気にかかる。市駅に着いて、脇の小路を歩くと、スイカズラが獰猛な香気を放っている。早めの昼食に、市堀川を渡ってすぐのカレーヤ食堂に入る。定番だという「バラホル」と「ギョクスイ」を注文すると、作業着の人も若いビジネスマンも、訪れる人はみんなバラホルとギョクスイの人である。甘辛の豚バラ炒めである「バラホル」は、確かに癖になりそうな味である。食堂のテレビではダルビッシュがメジャーリーグの6勝目を挙げようとしていた。
寄合橋を渡り、市堀川に沿って歩く。意外に流れの早い市堀川を、手足をばたつかせながら喘ぐ亀やバナナの皮が流れて行く。川を離れ、ぶらくり丁を抜けると築地通りに出る。枯れた有蓋の歩道と、真田堀に面する裏路地が風趣に溢れ、ひっそりとした人道橋の何とも心細い欄干がまたすばらしい。そろそろ歓楽街の雑賀町に辿り着こうかというところで、和歌山は時間切れ。遠くに望んだ病院トルコ跡を目に焼き付けつつ、徳川トルコ旧跡などの大門川トルコ跡郡はビルの谷間に垣間見るだけに終わり、再訪を期すことになる。
Saturday, May 12, 2012
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