Thursday, September 12, 2013

芦原



あわら湯の町駅前のだだっ広い広場の先には、いきなりストリップ劇場のあわらミュージックの姿が見えた。とにかく、まずはこじんまりした温泉街を一回り。温泉旅館の一角に設けられた大正ロマン館という小さなギャラリーでは『越前竹人形』関連の資料が展示されており、しばし若尾文子のスチルなどを拝見する。映画化されたもの以外でも、S39年の香川京子のラジオドラマ版とか、S48年の小川真由美の舞台版などには興味が惹かれる。ただ現在の芦原の町には玉枝の時代を思わせるようなものは一切見当たらない。入口の地面が尋常でない壊れ方をしたアパートの表札を見てみると「ロシア人第二寮」と記されている。

温泉街の外れの宿に投宿して小憩したあと、夕食は外で越前そばをいただいた。風情というものには乏しい温泉街ゆえ、すぐに再訪する機会には恵まれなさそうな気もするので、ネオンが灯っているうちに、夜のあわらミュージックの姿を瞼に焼き付けておこうと思ったが、面倒なのでやめてしまった。

Wednesday, September 11, 2013

三國



9月6日。4年ぶりに永平寺へ参拝に出かけようと思う。早朝に家を出て、遥か北陸の小松空港には9時20分に到着。福井駅行きのバスに乗ると、幽かに丸岡城の天守が見える。9月の初頭にしては随分と涼しいものの、この日は少し特別だろう。福井駅で勝山名物の羽二重くるみを購入し、間もなく永平寺行きのバスに乗換える。道すがら稲束を抱えて歩いている作業着長靴の女子たちは、農林高校の女学生らしい。30分ほどバスに揺られ、午前中のうちに永平寺に到着。門前の池に浮かぶカエル像を前に、小さなカエルがちゃぽんと池に飛び込んだ。

粛々と伽藍を巡って恙無く参拝を済ませ、羽二重くるみをつまみながら、ガランとしたバスで永平寺口駅まで戻る。羽二重くるみは結構美味い。永平寺口駅からは、えちぜん鉄道の勝山永平寺線と三国芦原線を乗り継いで、日本海側の三國港まで進む。途中、鷲塚針原駅前の野っ原に立っているのは「売地」の看板かと思いきや「コスモス園・ご自由にお取り下さい」とのお知らせであった。14時過ぎに三國港驛へ着き、文化財の眼鏡橋を渡って食堂で少し遅めの昼食。焼魚定食のカレイがなんとも美味い。

三國の町を歩きはじめ、かつての色町に差し掛かかる。ふいに床屋から出てきた人に追いかけられて一瞬身構えるが、親切にも三国の観光マップを渡しに出てきてくださった方である。ポツポツと店が続く古い商店街を2駅ほど歩き、三国神社駅からは隣町の芦原温泉へ向う。

Saturday, August 24, 2013

岳南



18きっぷを使って、東海道を静岡の方へ。といいつつ、旧道である御殿場線を経由してまずは沼津。沼津で本線に戻る前に、駅の周辺を少しだけをぶらっとしてみると、駅の北に広がる飲屋街中に素敵な小路が延びていて、いささか気分が高揚した。小路には、女子会を誘う居酒屋の白板と並び、高給関西プチ旅行バイトのポスターが掲げられている。



沼津から東海道線を吉原駅まで進み、岳南鉄道を二駅ほど乗って吉原本町へ。名物のつけナポリタンをいただいて、しばし吉原の街を歩く。全長9kmほどの岳南鉄道を終点の岳南江尾まで行って折り返し、吉原駅からは東海道線も折り返して本線の方で三島まで戻る。見覚えのある愛染小路を抜け、水辺の文学碑を見ながら三嶋大社に参詣。境内の茶屋にて福太郎氷をいただく。氷上にまします福太郎餅がなんとも美味い。帰途、熱海で金目鯛の煮付けを夕食にいただき、粛々と東海道線を戻った。

Tuesday, August 20, 2013

E2-E4



間もなく閉館となる東京タワーの蝋人形館に行ってみた。偶然というか、自分の浜松町通いもあともう少しで終わるところである。入口からしてゲッチングのE2-E4が流れる蝋人形館は、最奥のジャーマンプログレコーナーで大団円を迎える。宮崎駿と宮崎勤を足して2で割ったようなハンス・ヨアヒム・イルムラーがだらっとしたシャツを着てふいに現れた時には些かドッキリさせられる。一方、クラウス・シュルツやマニュエル・ゲッチング先生はなかなかの男前なのであった。



Friday, August 16, 2013

横須賀ベーカリー



ヨコスカベーカリーでは土産を手に入れることができなかったので、おそらく盆休みだろうと思いながらも、上町のホームベーカリー浜田屋まで足を延ばしてみると、案の定、休みである。平坂を上って暑さも最高潮となり、どぶ板方面を歩くことは諦めて、バスを直接JRの横須賀駅まで乗っていった。横須賀港には南極観測船のしらせが泊まっている。潜水艦が水を吐出す姿は少しだけ涼しげであった。



横須賀駅からは横須賀線で大船に出て、帰路は茅ヶ崎から相模線を経由していくことにする。もはや意地になって茅ヶ崎でもパン屋を巡り、なんとか開いていたお洒落パン屋のナノッシュと、町のパン屋のシャンボールでパンを買い漁る。ナノッシュでは目移りしまくって参ったが、素朴なシャンボールもまたなかなか捨て難い。生前の開高健も利用していたという駅前の長谷川書店では、ふと原節子本を購入してみた。相模線は横浜線の八王子までに乗入れる便で、今日もやはり意外に混んでいる。最後に上りの中央線に戻り、南関東小回りの周遊路を結んで帰宅した。

金星劇場



鶴見線を後にしてからは、横須賀線を終点の久里浜まで乗車する。アーケードの黒船仲通り商店街をしばし歩み、早めの昼を天丼の岩松でいただく。久里浜からの折返しは京急に乗替えて横須賀へ。横須賀中央駅に隣接する若松マーケットの飲屋街を一回りして、楽しみだったヨコスカベーカリーは休み。喫茶店の茶豆湯でアイスコーヒーを喫し、隣席で行われていた北海道への旅打ちの打合せを拝聴する。ここまで来たので金星劇場の様子でもと思って見にいってみると、無惨にも中身がくり抜かれ、簡易駐車場と化していた。

鶴見線



お盆の間に18きっぷの1コマを潰しに近郊巡りにでかける。まずはお盆も休み無く開いている神田の珈琲専門店エースで腹ごしらえ。カウンターの常連さんは、やっちゃばは今日まで休みと言っている。京浜東北で南下して鶴見駅で降りると鶴見線はなかなかの混雑。まだ乗ったことのなかった大川支線を乗りに安善駅へ向う。安善駅前にポツンと立つ酒屋には、朝から開いてる立呑みコーナーもあり、なんとも味わい深い工場街ぶりを呈している。角を挟んで同じ建物の煙草屋もまた相当渋い佇まいであった。

Saturday, August 03, 2013

画眉鳥



和泉多摩川から調布まで歩いてみた。途中、多摩川に住んでいる方の目印なのか、岸に降りる土手の地面に画眉鳥の表札があった。

Thursday, July 25, 2013

ペチカ



北海道から戻って知ったことなのだが、稚内のロシア料理店ペチカの店長である兵頭ニーナさんは、体調の都合で7月15日をもってペチカを退職されたとのこと。ここのところ店を空けたりして、ライブも数日ぶりだと仰っていたが、ブログなどを見るかぎり、遠方の札幌に通院などされていたのかもしれない。今回、歌声を聴くことができたのは、運がよかったのだろう。稚内はすぐにでも再訪したいぐらい気に入ったのだが、全く残念である。また稚内とペチカには行きたいし、札幌でニーナさんが見れるなら、そちらにも伺いたい。ただし、次は自分のノリの悪さが紛れるよう、たくさんの人がいる時に見たい。

Wednesday, July 24, 2013

夕張



帯広から新千歳空港に戻る途中、少し寄り道をして、夕張駅周辺を見て行くことにする。新夕張駅での乗換時間が30分以上もあるので、しばし駅前に出てみると、旧駅名である紅葉山の駅名標などが残されている。夕張支線に入り、南清水沢駅の裏に炭鉱住宅なども見える。清水沢からは沢伝いに進み、終着の夕張駅には4時過ぎに到着した。

新夕張駅や夕張駅ではロッカーなんていうモノの気配は微塵も無く、十勝六花の紙袋をさげたマヌケ姿で、人気の無い街を歩く。映画祭の町でもある夕張には、古い映画の絵看板がポツポツ並んでいるが、絵看板を設置しはじめた当初は、昔ながらの商店街にずらっと看板が並んでいたそうだ。志幌加別川の谷を越ると、夕張本町の商店街に入る。大法寺へ続く急坂に据え置かれた『幸せの黄色いハンカチ』の顔出し看板は、何とも味わい深い風化が進んでいる。古い飲屋跡の残る梅ヶ枝横丁に差し掛かると、熱心に猫の大集会を激写している先客がいたので、遠巻きに盗み見た。軽食&喫茶コンパからは楽しそうな話し声が聞こえてくる。



夕張駅に戻って、駅前の屋台村で名物のカレー蕎麦。シャキっとしたタマネギのカレー蕎麦もまた美味いものである。夕張駅前の屋台村はなかなかの賑わいで続々と人がやってくる。カレー蕎麦ですっかり汗をかいたので、駅舎に併設された喫茶の生メロンクリームソーダで涼をとる。はじめに生メロンソーダを口にした時には思わず唸ったのものの、クリーム分に手を出してから、繊細な生メロン感が飛んでしまった気がするのは些か残念だった。千歳に向かう特急内の電光掲示板に、アシアナの飛行機事故とJR北海道がまた車両火災を起こしたというニュースが流れて、ほんのり嫌な気分になりつつ、オーバーブッキングの便でなんとか無事帰路につくことが出来た。無聊の慰みに『羆嵐』を開いてみると、以前ほど嫌な引っかかりを感じることなく読めそうな気がした。