Wednesday, May 22, 2013

万田坑



大牟田駅前から西鉄バスで熊本との県境まで進み、少し歩いて県境を越えると、すぐに現れた炭鉱鉄道跡の軌道を辿って、三池炭鉱の万田坑へ向う。受付の万田坑ステーションに立寄ると、開場を待ち構えていたと思しき炭鉱OBのガイドの方に歓待を受ける。小1時間だったはずの説明は2時間近くにも及び、これでもかと詳説をしていただく。些か調子を狂わされたものの、万田坑が世界遺産クラスであるということは心底得心させられる。万田坑構内はそれを象徴する竪坑坑口や巻揚機室が言うまでもなく素晴らしいことに加え、半ば埋もれたようなレールが構内に延びる様が何とも味わい深い。若干一組見えたコスプレ女子の撮影会に関しては、「あのような方もよくいらっしゃるんですよ」とのことである。大牟田に戻るバスの時間が半端になったので、帰りは荒尾駅まで歩くことにする。思わぬ炎天下の長歩きとなり、ローカル菓子パン「マンハッタン」という補給食を持っていたことに助けられた。何とか荒尾に辿り着くと、印度カレー荒尾店でカレーをかきこみ、荒尾駅へと急ぐ。荒尾駅の名所案内には一昨年に廃止となった荒尾競馬場がまだ標されている。


Tuesday, May 21, 2013

ユリイカ



5月17日。木村屋のホットドックをつまみ、西鉄久留米駅から大牟田線を南へ。色付き始めているなと思った麦の穂は、柳川を過ぎる頃にはすっかり黄金色になっている。列車を終点一つ手前の新栄町駅で降り、大牟田駅まで歩く。新栄町駅前のビルの谷間のくすんだ裏路地に、陽が差し込んでなんとも美しい。三池炭鉱専用鉄道のガードを潜り、閑散とした木造アーケードの新銀座商店街を進む。新銀座商店街と並行する大牟田川の擁壁にネイブルランドのタイル絵が組み込まれているのが見える。映画『ユリイカ』の舞台となったネイブルランドは今ではすっかり更地になったという。

Monday, May 20, 2013

赤いスイートピー



久留米駅の構内には松田聖子の『赤いスイートピー』が流れ、女子高生の集団がサビを口ずさんでいた。JRの久留米駅を出て、池町川ぞいに西鉄の久留米駅の方へ向う。文化街のアーケードを抜けて、久留米のソウルフードだという木村屋のホットドックを買い求め、新世界をさすらう。再開発の進む六ツ門町の新世界は、奥の半分が高層マンションになってしまったものの、料飲店街の路地が辛うじて残されていた。静まりかえった路地では、廃屋となったカフェ新珠の割れた窓へ猫が飛び込んで行く。こちらは開店を待って飛び込んだ五十番で焼餃子を軽くつまむ。カウンターに並び「ビールば」「酒ば」と呟くように注文する御老体の渋い飲みっぷりにはすっかり痺れる。



餃子を一枚で自重して、老舗大衆食堂の松尾食堂にも伺ってみるが、残念ながら夜はやっていないようなので、ひとまず投宿する。屋台のラーメン屋が開くのを待ち、日の暮れる頃合を見て外出。松田聖子も通ったと言われる甘太郎にて団子を購ってから、とんこつの元祖だという南京千両という明治通りの屋台でラーメンを啜る。駅前の商店街の横道を行くと、とんこつラーメン発祥の地の路地裏は、なかなかとんこつ臭い。宿に戻ってTVをつけるとBSの『鉄道絶景の旅』が鹿児島本線篇だったので、峠恵子さんの「君だけの指定席」を聴きながらごろりとした。

Sunday, May 19, 2013

つばめ



5月16日。例年通りGW明けに神戸へ春の墓参りに出かける。今年は墓参を足がかりに、全線に乗ったことの無かった山陽新幹線で九州まで足を伸ばすことにした。このような行程の場合、宮脇俊三ならば、少なくともどこかで寝台を組み込んでいただろうし、今は同じ墓に納まった父もそのような旅程で九州に連れて行ってくれたものだが、現在そのような選択肢は存在しない。

豹柄に彩られた倖田組のタクシーで六甲山中の墓苑を巡ると、ガールズソング特集のラジオは、意外にも「ガールズ・オン・フィルム」に「ガールズ・アンド・ボーイズ」という選曲。ゆっくりと墓参を済ませてから、三ノ宮でうどんを啜り、新神戸に戻って再び新幹線に乗込む。姫路で手柄山の回転展望台を望み、岡山で百間川を渡って列車は進む。とはいえ、山陽新幹線は聞きしに勝るトンネルぶりで、その後の見せ場は徳山のコンビナートぐらいである。博多からは九州新幹線の乗換えて久留米へ。九州新幹線直通のさくらが満席だったが故に、止むなく博多で乗り継いだ九州新幹線のつばめだったが、JR九州の車輌に乗れるのはやはり楽しい。

Saturday, May 04, 2013

ナイトとうきょう



書原のある町はいいな。

Sunday, April 28, 2013

Sunday, April 21, 2013

神代団地



ふらりと立ち寄った手紙舎の団地ぶりがなんとも甚だ素晴らしい。

Sunday, April 14, 2013

又住橋



桜の散った野川を歩く。

Sunday, March 31, 2013

黒磯



黒磯駅も乗継ぐばかりで、駅の外に出るのは初めてである。昔は全列車の停車する駅だったので、往時の賑わいはさぞやと想いつつ、ぽつぽつ見える小粋なスナックにその面影を感じながら、古本屋の白線文庫に向かってしばし歩く。出来れば次の快速で帰りたいと思っていたので、時間を気にしながら棚を一通り眺め、『世界の旅3 ドイツ・スイス』というハードカバーの旅行本を購入。記事の冒頭、香川京子がベルリン映画祭でドイツを訪れた時の小文がなんとも嬉しい。恐らくこれは『悪い奴ほどよく眠る』がコンペティションに出た年のことだと思われ、とすると、その時の金熊賞がアントニオーニの『夜』で、銀熊賞は『女は女である』。ということで、香川さんがヴィッティやカリーナと競演していたベルリンでのひとコマなのであった。

駅前に戻り、老舗和洋菓子店の明治屋にて洋菓子のボッカ(牧歌)をその素敵な包装に堪らず購入。もう少し郡山から乗継ぐ人々の波がやってくるまでは時間があるので、「冷しかけそば」の文字にひかれて立食い蕎麦の喜多に入ると、まだ冷しは始めてないとのこと。駅までの急ぎ足で結構体は温まってはいたものの、せっかくなので熱いかけそばを啜って帰路についた。やはり黒磯から直通の快速は楽であった。

Saturday, March 30, 2013

青葉城恋唄



3月24日。朝一で仙台から東北線の利府支線に乗ってみた。途中の新利府は車両基地の町。新幹線がずらりと並んでは、新しいこまちの姿も見える。この線は利府の住民用というよりJR職員用なのかとも思ったが、利府からの折り返しは地元の方でいっぱいになるし、本数も意外に多い。乗ってきた列車は折返しで福島行となり、そのまま乗車して仙台の1つ先の長町で降りる。小体な長町のマーケットを鑑賞し、郡山餅店で味付けおにぎりを買い食いする。

長町からは地下鉄で勾当台へ。定禅寺通を西に進み、古本屋のマゼランが開店するまで、せんだいメディアテークで少し時間をつぶす。ミュージアムショップの民芸品に目移りしてグルグルと何周もしてしまい、結果、どうしたらよいのかわからなくなって岡本太郎のLEDガチャを1回だけ回すに終わる。この日は薬物防止キャンペーンのイベントが開かれるらしく、ご当地アイドルだというテクプリという女の子らがリハーサルでエレクトロな青葉城恋唄を歌っていた。そろそろかと思ってマゼランに伺ったものの、まだ準備中で掃除機をかけている状態だったで、またの機会ということにする。

定禅寺通から国分町を抜けて一番町を新刊書店の金港堂まで歩む。店内には昔ながらの木製本棚の島が並び、天井からは年代物の分類板が下がっている。岩波文庫でロシア文学とかのインデックスを見るのも久しぶりだ。こんな素晴らしい文化財は守っていかねばなるまい、などとつい年寄扱いしてしまいそうになるが、検索機も備え付けてあれば棚も活き活きとした本屋であり、全くもって余計なお世話なのである。とりあえず岩波文庫から室生犀星の『或る少女の死まで』を購入。

昼食に伺おうと思っていたオジーノカレーヤの開店までの時間潰しに、今度は東北大学の中をぶらぶらして魯迅の像などを見かける。魯迅さんが学んだという階段教室あたりの古い建物は現在はジェンダー研究所になったりしている。キャンパス内でご隠居様方の撮影会がはじまってしまったところで、開店を前にオジーノカレーヤへ。ひっそりとした玄関まわりには開店しそうな雰囲気がしないので、ウロウロと覗き込んでいると玄関の引き戸が開く。営業されるのですかと尋ねると、早い時間は予約でいっぱいで一時過ぎならとのことであった。ということで残念ながらパス。

オジーノカレーヤで昼を食うために仙台の出発を遅らせていたこともあり、何かしらオジーに行かなかったメリットが欲しかったため、一本前の電車に乗ろうと急いで仙台駅に戻る。そんなに仙台駅に来ているわけでもないのに、何故か仙台駅で立食い蕎麦になるのは三回目である。白石行の車窓から蕾になりかけの遠大な桜並木が見えて、あれが一目千本桜かと振り返る。珍しく福島からは黒磯までは直通の便であった。