Thursday, December 30, 2010

Saturday, December 25, 2010

本八戸



翌12日。6時過ぎにホテルを出ると、軽く雪が積もっている。向かいのホームで一休みしている急行はまなすを眺めつつ、いまや旧東北本線となった青い森鉄道線で八戸に向かう。昨日買い込んでおいた工藤パンが美味い。浅虫温泉あたりから見える陸奥湾は大いに荒れ、どんより暗い雪の景色はまさに小島一郎の津軽を思わせた。次第に空が穏やかになると八戸に到着し、八戸線に乗り継いで陸奥湊で下車。朝市が休みの朝の陸奥湊をふらふら歩くと、ほやが転がっていた。スナックの長いトンネルを抜け、トタンの住宅の間を抜けると陸奥楼が出現。営業している旅館の新むつ旅館だが、日曜の朝はひっそり閑としている。小中野新地を後にバスで本八戸の中心街まで進み、いくつか横丁を廻り歩く。JRの宣伝で吉永小百合さんの訪れた横丁は、吉永さんが実際来る余地など残さないような深い味わいである。「喫茶ぽん」では日曜でパン屋が遅れてるということでモーニングを食いそびれるが、メシ時に来たらと狙っていたハムカレーに舌鼓を打つ。青森に続いて八戸にも寄るべき喫茶店ができた。本八戸駅の前を通り過ぎて、壕に守られた現役のストリップ劇場である八戸マノン劇場の佇まいをとっぷりと堪能し、折返し青い森鉄道で青森に戻った。



閑散とした青森駅の西口を出て、映画『八甲田山』の青森歩兵第5連隊こと青森市の森林博物館まで、小雪の中を見学に赴く。思わず『飢餓海峡』で使われた森林鉄道の車両まであったのには吃驚した。駅に引き返し、最後に青函連絡船の八甲田丸へ。連絡船の停泊する青い海公園では、休憩所となっていた引退車輛のキハがさらに廃屋となって厳かに眠り、津軽海峡冬景色がとめどなく広場に鳴り響いている。船内では素敵なマネキン船長に誘われ、グリーン席や寝台室を巡る。連絡船にはやはりだだをこねてもガキの時に足を伸ばしておくべきだった気もするが、そのような感じで乗った特急などの記憶も今やまったく曖昧である。船内はブリッジや機関室など見せ場が絶えないが、何と言っても見学コースの最後に控える車両甲板にとどめを刺される。新青森駅の土産売り場は大変な賑わい。おまけに駅弁も完売しているので、駅蕎麦をすすって帰路につく。例によって携行本『八甲田山死の彷徨』は完全に開かず。

Friday, December 24, 2010

新青森



12月11日。新青森駅まで延伸された東北新幹線に乗ってきた。長大な八甲田トンネルを抜けて正午に青森に辿り着くと、予報通り天気は崩れている。真新しい新青森の駅員は、MY FIRST AOMORIキャンペーンなどどこ吹く風で、なかなかのぶっきらぼうぶりだ。新青森からは奥羽本線に乗り換えて青森駅。駅前の埼玉屋食堂へ入り、いくら丼、生たらこ煮付、ほっけすりみ汁などをいただく。ストリップの青森DX劇場跡を過ぎ、昼でも暗い陋巷の第三新興街を見学していると、雨脚がさらに激しくなって、ますます暗然としてきた。味わい深い新町の商店街を抜けて、工藤パンのベーカリーで活イギリストーストなどを買い込んでから、喫茶摩論で小憩。居心地の良い摩論への再訪を誓いつつ、隣の喫茶パルナスも気になる。港に面した物産館のアスパムに行って物産を物色し、ブラックロッジの小人のような爺様から天然ヒバの箸などを買い求めた。



アスパム前から乗ったバスは、新幹線にあわせて運行しているというダイヤが全く機能しておらず、小半時以上遅れて県立美術館に到着。閉館まで30分しか無いと念を押され、駆け足で青森ゆかりの冬のコレクション展を廻った。成田亨のケムール人やダダらの原画で少し歩みを緩め、目当ての小島一郎のプリントをぎりぎりまで眺め悶える。短い時間ではあったが、青森県立美術館はなかなかいい。乱れたダイヤのおかげでちょうど遅れてやって来たバスで新青森に行き、奥羽本線で再び青森駅へ。駅前の民藝店で裂織の筆入れ。夕食はアスパム10階の郷土料理屋に行ってみた。10階から臨む窓の外は、夜の津軽海峡の闇黒だった。食後、軽い気持ちで寄った書店の成田本店しんまち店の棚が素晴らしい。ささやかながら『津軽艶笑譚 第一集』と永山則夫の『木橋』を購入させていただく。永山則夫は五能線板柳駅前のマーケット長屋なるところで育ったという。投宿し、風呂上がりにはやはりシャイニーアップルジュース。夜食にはアップルパイをいただいた。

Saturday, November 20, 2010

Thursday, November 18, 2010

Sunday, October 24, 2010

霜降

Wednesday, September 22, 2010

津山



高松駅から芸術祭ヘッドマークのマリンライナーで瀬戸大橋を渡り、岡山駅からは津山線の快速ことぶきで津山まで。津山は駅前からまず廃映画館がお出迎え。町並み保存エリアをちらっと見て、津山城に赴き、つやま自然のふしぎ館をじっくり観賞する。ミナミゾウアザラシVSホッキョクグマのド迫力のジオラマには、巨鳥アホウドリが花を添えている。ガラスに西村旅館とある美しい建物を町中で見つけて調べてみると、とうの昔に廃業していた。なかなか生き生きした佇まいだったので、津山事件の美作加茂を再訪する際にでも…と目論んでみたのだが残念。駅の南側に廻って訪ねた扇形の機関庫は、機関庫が壮観であるのみならず、キハ58、キハ52、DD51などが収まる大ディーゼル天国であった。ぶらぶらしてるうち、ホルモンうどんを食う時間がなくなったが、まあホルモンうどんはいいか。夕方の津山線上りは立つ人も多数いるぐらいの混みよう。岡山駅でダッシュして最終の空港リムジンバスに乗る。台風が迫って雷も眩い中、飛行機は案外定刻通り羽田に辿り着いた。


Tuesday, September 21, 2010

高松



7日。晴れやかな朝の遊郭街を出て、片原町のカフェー街を抜ける。立ち読みした美術手帖で見つけた喫茶城の眼はやっていない。瓦町まで歩いて汗にまみれてきたので、朝一ながらもフラペチーノ。瓦町から琴電志度線に乗って琴電屋島駅に着くと、駅前に屋島山上行きのバスが待っていた。先客はお遍路さん一人で、自分が乗るとすぐバスが出る。ハンミョウの跳ねる後を追って、人気の無い山道を、屋島ケーブル屋島山上駅跡まで登る。駅跡横の土産品店はてっきり廃屋かと思いきや、仕舞屋には子供もいる大家族がお住まいで、誰もやってこない駅跡前も含めて開放的に暮らしていらっしゃるので、閑散とした廃墟を堪能するつもりが、恐縮しつつお庭を拝見させていただくような感じになる。静粛にバス乗り場に戻り、閉じられたレストセンターをぐるりとして、瀬戸内を一望。残念ながら海上にファスナー船は見当たらない。山を降りて、登山口側の方の駅跡も見た後、昭和4年築の琴電屋島駅でしばし休む。高松駅に戻り、駅近のセルフうどん屋でちくわ天とざる。


Monday, September 20, 2010

予讃線



道後温泉から松山駅に戻る途中で市電を降り、大街道の食堂アサヒで鍋焼きうどんといなりずしをいただく。松山発の今治行はほぼ満席。今治は駅前のカフェー跡の一角がひじょうに素晴らしい。丹下健三づくしの役所街を抜け、ドンドビからのびるアーケード街をぶらつく。かき氷の登泉堂に行くと、今シーズンのいちごみるくが終了したとを知ってショックを受けるものの、いよかんミルクもぞんぶんに美味い。席についた列車が逆向きの列車だと発車寸前に気付いて飛び降り、冷や汗をかきつつ今治を後にする。瀬戸内を望む箕浦駅で夕暮れ。午後8時前に高松駅着。美しい夜の高松駅前広場を抜け、ことでんの高松築港駅へ。瓦町まで2駅乗ってから歩いて戻る途中、手打ちうどん鶴丸でカレーうどん。カウンターの隣になった先客のフランス人がおかわりを何うどんにするか悩んでいる。水面に映る特殊浴場のネオンを眺めながら、遊郭埠頭の城東町に向かい、安宿に投宿。


Sunday, September 19, 2010

道後



6日。なかなか布団を抜け出せずに、名物?の早朝やまこうどんは挫折。宇和島駅のベンチには年季の入ったてんやわんやの善助餅の広告が見える。焼きたての宇和島あんぱんを買って、6時17分発の松山行各停に乗車。キハ185系特急型気動車の2両編成である。宇和島からの乗客は3人。最短ルートの内子線経由で松山に向う列車を伊予大洲駅で降り、海沿いを行く予讃線の本線に乗り継ぐ。1両の気動車は数駅進むとジャージの女の子一人だけになった。海の見える駅として名高い下灘駅も、上りの車内から見ると案外面白味に欠ける。過ぎ去る旅客上屋のベンチを見てみると、女子3人で鉄の会らしきものが催されていた。松山からは市電に乗って道後温泉へ。道後ミュージックの「お盆特別企画・怪談ストリップ」に魅かれつつ旧ネオン坂を散策し、びっしり汗をかいて道後温泉本館へ向かう。湯籠で湯に通う老人の渋さに唸らされ、開放的な二階の大広間で寛ぐ。二階席はお茶菓子つきだが、暑いので湯上がりにはサイダーをいただいた。土産用のタオルも忘れずに購入。