Monday, October 29, 2012

山中商店



芝公園。少し肌寒くなった。

Saturday, October 20, 2012

長津田辻



長津田辻なんていうから、長津田から少し歩けば着くのかと思ったら、東名のインターチェンジの近くだった。さらに八王子街道まで進み、バスでふらっと横浜駅へ。



Friday, October 19, 2012

ガリガリ君



ガリガリ君リッチ プリンプリン。

東京駅



iPhone5のパノラマで撮ってみた。

Saturday, October 13, 2012

折尾駅



折尾駅もついに年内に解体されてしまうらしい。駅舎が立て替えられるのは、残念だけどやむを得ないところもあるのだろうとは思っていたが、「新駅舎で「かしわめし」が販売されるかは未定」というのは意味が分からなすぎる。名物の立ち売りさんは一足先に体調不良で昨年に退社されていたそうな。

Sunday, October 07, 2012

五日市



武蔵五日市駅を降りると、なんでこんなにウォーキングの人がいるんだと思ったら、ウォーキングどころか24時間耐久の日本最高峰のトレイルランニングレースが行われるらしい。蕎麦屋で頼んだまこも茸の天婦羅を美味しくいただきつつ、隣の麦こがしのアイスクリームがひじょうに気にかかる。腹ごしらえをすませてからはバスで檜原村へ。軽い散策路を経て拝す払沢の滝がなかなか素晴らしかった。

Friday, September 28, 2012

マック



またしても完全に失われたと思っていた下北沢の洋食屋マックの暖簾分けをしていた店が笹塚にあると聞いて寄り道。店名もそのまま「洋食屋マック」。こちらはシモキタの厨房の中でも見覚えのある方がやっていて、安心の継承。自分は堅焼きの目玉焼きが好きだったけど、半熟に変えるというささやかな哲学にも好感を抱く。また、付け合わせのサラダの生胡瓜のパキっとした食感がこんなに忠実に守られているというか、守ることができるのだということに感心する。きれいになった店内では、味噌汁のお椀がスライドすることはもうないのだろう。スティーブ・マックイーンのグッズも1個ぐらいはあってもいいんじゃないかな。そして、もちろん、こちらにもまた伺います。

Friday, September 21, 2012

三福林



惜しまれつつ閉店した下北沢の定食屋三福林の味を引き継いだ店があると聞きつけて、早速、新宿に立ち寄った。店内に飾られたトルシエのサイン色紙を見て、シモキタの店にミニコリンシアンが並んでいた記憶が蘇る。メニューには自分の大定番であった肉なす炒めがある。失われてしまったと思っていたあの茄子の食感が、全くもって正当な後継である。相変わらず、ラジオから流れるのはナイター中継で、折しも巨人がセリーグの優勝を決めようとしていた。男だけの世界であった三福林が『傷だらけの天使』のようなホモセクシュアルな空気さえあったというのは言い過ぎかもしれないが、お運びのおばちゃんが入ったことであの結晶度は失われてしまった気はする。でも歌舞伎町の方々にも愛されているようで嬉しかった。ただし、明太子オムレツに添えられたサラダにワカメが無かったのは少し残念である。あとは牛肉ポテト炒めがあったらなぁ。まあとにかく「和食とよま」には、また行きます。

Wednesday, September 19, 2012

新潟



9月9日。枕元に置いていたメガネをぐにゃりと踏んで、鮮烈に目を覚ます。簡単に身支度をして帳場で勘定を済ませ、ご主人から着物の古裂を使ったという楊枝入れを有難くいただく。天気の良いときには、宿の玄関から月山と鳥海山も見えるそうだが、この日は残念ながら靄っている。杉村春子先生が公演で鶴岡ホテルを訪れる度に「絶対に壊さないでください」とおっしゃったという気持ちをしみじみと噛み締め、近いうちにも月山と鳥海山を見に来ようと思う。ただし、近くに見えている母狩山の山影も悪くはない。

朝の羽越線はとてもゆったりとしており、交流のこの区間がキハ40系だというのもまた良い。日本海も今日は穏やかである。鼠ヶ関を越え、新潟に入ると粟島が見えた。村上駅で羽越線を乗継いで、直流区間に入ると電車のクモハ115になる。吉田行の電車を新潟駅で降り、バスで新潟島に渡って古町を少し歩く。古町通を一本裏に入るとジャズ喫茶と並んで、特殊浴場などもあり、なかなか混沌とした風情である。柾谷小路の北側の豪壮な料亭の門の中には人力車の姿なども見えた。

都合良く時間が余って万代橋の水揚場に大友良英氏のインスタレーションを見に行けるなんてはずもなく、万代橋を渡るバスの窓から水揚場のある朱鷺メッセの方を眺める。新潟からは快速くびきのに乗り、長岡から新幹線で帰京する。新潟駅で買った大阪屋のコーヒー白玉が思いのほか美味い。新幹線のシートでうとうとしながら、全国の来夢来人コレクションが壮大な仕事になるのはともかく、「夜来香」コレクションもなかなか立派なものになるだろうなどとぼうっと考えていた。今回見かけた「夜来香」は、花巻と北上で、ぎょうざの店とスナックの「夜来香」なのであった。

Tuesday, September 18, 2012

鶴岡ホテル



鶴岡銀座のアーケードを過ぎ、まだ明るいうちに鶴岡ホテルに投宿する。月山Bという部屋に通されて宿帳に記入する間、こちらを定宿にしていたという杉村春子先生がいつも泊まっていた部屋が隣室の月山Aであること、食堂を進駐軍用にダンスホールとして使っていた話などをご主人から伺う。この日は他に宿泊客もいないから、どこでも開けて見てくれということなので、お言葉に甘えて館内を徘徊させていただく。明治に建てられた純和風旅館である鶴岡ホテルは、食堂、洗面所、廊下と何処を取っても趣深い。今は使われていないであろう厨房の内線電話に添えられた番号表には「4:女中部屋」と書かれているのが見える。さんざん館内を探検して部屋に戻り、広縁の椅子に座って中庭の緑を見ながらお茶を啜っているうち、やはり杉村先生の写真集は買うべきなのではないかと思い直し、再び阿部久書店を訪ねることにする。

薄暮の鶴岡上空をカラスの大群が飛んで、嵐のような絨毯爆撃を開始すると、アーケードには糞宿りをする人もちらほら見える。閉店間際の阿部久書店に駆け込んで、無事に写真集を購い、そのまま夕食に出掛ける。宿に近い湯殿山食堂というところに入ってみると、一階は座敷の2卓とカウンターで静かなものだが、二階には生ジョッキが次々と運ばれ、「11人始まりました」「8人始まりました」との号令がかかる大繁盛ぶりであった。焼肉定食についてきた小鉢の「だだちゃまめおろし」がなんとも良い。夕食を終え、ふらふらとあたりを逍遥する。夜の庄内と言ったら酒田なのかと思っていたが、鶴岡も案外盛んで、艶やかな女性がちらほらと歩いている。宿に戻る前にスーパーに立ち寄り、地元で作られたパックの黄奈粉団子などを購う。黄奈粉団子は素朴な味でなかなか美味かった。



宿に戻って風呂。『おくりびと』の撮影に使われて今はなくなったという同じ町内の鶴乃湯も、地下水を焚いた良い湯だったという話だが、アールデコな鶴岡ホテルの湯もたまらない。風呂上がり、『月刊庄内散歩』をぱらっと眺める。購入した二冊は76年の4月号と8月号で、特集はそれぞれ「庄内の怪談」「庄内路に性神を探る」というもの。巻頭、地元の名店を紹介した庄内百選店のリストには、レストラン欅や純喫茶ケルン、阿部久書店の名が見える。鶴岡ホテルは広告も出しており、そのコピーは当時からして「古い宿に泊まりたい〜できたら何かある小さな町の古い宿に…」ということであった。また、同じく広告によれば、伝説の映画館、グリーンハウスの4月の上映作品は『O嬢の物語』である。酒田はこの76年の10月にグリーンハウスの出火から酒田大火を起こしてしまうことになる。

夜も更けて、突如、大嵐が襲った。夏の雷ではあるが、日本海側の雷鳴の迫力はやはり格の違いを感じさせるものであった。