Tuesday, September 18, 2012
鶴岡ホテル
鶴岡銀座のアーケードを過ぎ、まだ明るいうちに鶴岡ホテルに投宿する。月山Bという部屋に通されて宿帳に記入する間、こちらを定宿にしていたという杉村春子先生がいつも泊まっていた部屋が隣室の月山Aであること、食堂を進駐軍用にダンスホールとして使っていた話などをご主人から伺う。この日は他に宿泊客もいないから、どこでも開けて見てくれということなので、お言葉に甘えて館内を徘徊させていただく。明治に建てられた純和風旅館である鶴岡ホテルは、食堂、洗面所、廊下と何処を取っても趣深い。今は使われていないであろう厨房の内線電話に添えられた番号表には「4:女中部屋」と書かれているのが見える。さんざん館内を探検して部屋に戻り、広縁の椅子に座って中庭の緑を見ながらお茶を啜っているうち、やはり杉村先生の写真集は買うべきなのではないかと思い直し、再び阿部久書店を訪ねることにする。
薄暮の鶴岡上空をカラスの大群が飛んで、嵐のような絨毯爆撃を開始すると、アーケードには糞宿りをする人もちらほら見える。閉店間際の阿部久書店に駆け込んで、無事に写真集を購い、そのまま夕食に出掛ける。宿に近い湯殿山食堂というところに入ってみると、一階は座敷の2卓とカウンターで静かなものだが、二階には生ジョッキが次々と運ばれ、「11人始まりました」「8人始まりました」との号令がかかる大繁盛ぶりであった。焼肉定食についてきた小鉢の「だだちゃまめおろし」がなんとも良い。夕食を終え、ふらふらとあたりを逍遥する。夜の庄内と言ったら酒田なのかと思っていたが、鶴岡も案外盛んで、艶やかな女性がちらほらと歩いている。宿に戻る前にスーパーに立ち寄り、地元で作られたパックの黄奈粉団子などを購う。黄奈粉団子は素朴な味でなかなか美味かった。
宿に戻って風呂。『おくりびと』の撮影に使われて今はなくなったという同じ町内の鶴乃湯も、地下水を焚いた良い湯だったという話だが、アールデコな鶴岡ホテルの湯もたまらない。風呂上がり、『月刊庄内散歩』をぱらっと眺める。購入した二冊は76年の4月号と8月号で、特集はそれぞれ「庄内の怪談」「庄内路に性神を探る」というもの。巻頭、地元の名店を紹介した庄内百選店のリストには、レストラン欅や純喫茶ケルン、阿部久書店の名が見える。鶴岡ホテルは広告も出しており、そのコピーは当時からして「古い宿に泊まりたい〜できたら何かある小さな町の古い宿に…」ということであった。また、同じく広告によれば、伝説の映画館、グリーンハウスの4月の上映作品は『O嬢の物語』である。酒田はこの76年の10月にグリーンハウスの出火から酒田大火を起こしてしまうことになる。
夜も更けて、突如、大嵐が襲った。夏の雷ではあるが、日本海側の雷鳴の迫力はやはり格の違いを感じさせるものであった。