鉛温泉へ向う岩手県交通バスは、相変わらず床が板敷きのバスである。大沢温泉までに他の乗客全員を降ろし、バスは鉛温泉に到着する。がらんとした真冬の凍えそうな湯治部でこたつに齧りついていた前回の一宿も良かったが、開けた窓から川のせせらぎが聞こえる残暑の湯治部がまた素晴らしい。前回は夜遅くに着いて、見ることの出来なかった売店をじっくりと物色し、お宝を発見してレジに持って行くと「これなんていうんだっけ?」などと仰るので、「ペナントです」と教えて差し上げる。湯治客の夕食は5時早々に各部屋へ配膳され、立ち所に平らげては腹ごなしに館内をうろつく。一休みして温泉につかり、風呂上がりに買ったかき氷の蓋をあけると、このレモンスライスの入ったかき氷は温泉津温泉で朝湯につかった時以来だと思い出した。自炊棟の窓の外からはシチューの良い匂いがする。アナウンスが入って9時に棟内が消灯すると、静まった部屋に流れる豊沢川の水音は、せせらぎというより轟々と響くようであった。