12月21日。夜通し川端で廻っている水車の水音でわからなかったが、雨はどうやら上がっているらしい。朝湯に露天へ行くと、早朝からしてなかなかの賑わい。昨日、花巻駅前のコンビニのスピードくじで当たった黄粉味のアルフォートをつまんで宿を出て、8時のバスで花巻駅へ向う。大沢温泉バス亭の小屋の中で目についたのは、新藤兼人監督の『銀心中』を大沢の公民館で上映するという岩手日々新聞の記事。そういえば、以前の鉛温泉湯治の供に携えて行ったのは『銀心中』が所収されていた『心中小説名作選』だったことを思い出す。映画には軽便鉄道の花巻電鉄の姿も見られるようで、それは是非とも見なくてはなるまい。
Saturday, December 21, 2013
湯治部
北上線に1時間ほど揺られて終点の北上駅へ辿り着き、北上駅からは東北本線を10分ばかり北上して花巻駅で降りる。午後の三時半を過ぎた冬曇りの花巻の空は、ずいぶん暗くて重たい。駅のコンビニで南部煎餅のバリエーション各種を贖い、四時のバスで大沢温泉に向かう。ペパーミントグリーンのジャージを着た湯口の中学生がパラパラと降りていなくなると、バスは大沢温泉に到着。以前、二度ほど伺ったことのある鉛温泉は、このさらに奥で、そこまで行く頃にはだいたい乗客がいなくなるのだが、大沢あたりまではまだ少し人気もある。
鉛温泉と同様、大沢温泉でもお世話になるのは自炊部。数年前の鉛温泉湯治部で、冬の湯治部の寒さは骨身に沁みたので、今回は「冬の湯治部プラン」という炬燵とファンヒーターこみのプランにしておいた。案内された中舘の角部屋は、眼下の豊沢川を挟んで水車小屋と茅葺き屋根の菊水館を見下ろすなかなかの眺め。館内は鉛温泉ほどの遺跡感は無いが、生き生きした売店と食堂が嬉しい。食堂の開店を待って、まずはひっつみの定食で腹拵えをする。食休みしてからは露天にゆっくりとつかり、後は延々と炬燵に入ってうつらうつらした。
鉛温泉と同様、大沢温泉でもお世話になるのは自炊部。数年前の鉛温泉湯治部で、冬の湯治部の寒さは骨身に沁みたので、今回は「冬の湯治部プラン」という炬燵とファンヒーターこみのプランにしておいた。案内された中舘の角部屋は、眼下の豊沢川を挟んで水車小屋と茅葺き屋根の菊水館を見下ろすなかなかの眺め。館内は鉛温泉ほどの遺跡感は無いが、生き生きした売店と食堂が嬉しい。食堂の開店を待って、まずはひっつみの定食で腹拵えをする。食休みしてからは露天にゆっくりとつかり、後は延々と炬燵に入ってうつらうつらした。
Friday, December 20, 2013
なまはげ
7時発の男鹿線はキハ48の4両編成。奥羽本線と分岐する追分あたり、薄く積もった雪が林間に覗く冬木立感がとても良い。船越で八郎潟の水門を過ぎ、しばし進むと男鹿駅。男鹿駅からは、そのまま折り返して戻ろうと思っていたのだが、雨もそう酷くは降っていないこともあり、少々駅の廻りをぶらついて行くことにした。とりあえずは、駅前を真直ぐ進み、ひっそりとした朝のスナック街を歩く。暇つぶしに入った街道のコンビニでは、たけやのアベックトーストと工藤パンのイギリストーストが並んいるのを見かけ、つい秋田のたけやではなく青森の工藤パンを手に取ってしまった。一頻り歩いて駅に戻り、列車の出発まで待合室のストーブにあたる。待合室のテレビを見れば、まだ『アサイチ』の時間である。帰りはキハ40で2両。この時間は主にご老人で秋田まで満員であった。
秋田駅前は殆ど再開発されつくした味わいの少ない町で、次には寄っていきたいと思っていた老舗喫茶の「やちよ」までも、この6月に閉店していた。かろうじて駅の南側に残された古い飲屋街を歩きながら、中通の春駒食堂に赴くと、11時を回ったばかりの食堂は、まだ薄暗い様子。暖簾は掛かっているので伺ってみると、ちょっとした珍客に、少し戸惑わせてしまったようではあるが、ひとまず入れてもらうことができ、待望の秋田名物肉鍋定食をいただく。熱々の肉鍋で体も芯から温まり、そろそろ駅に戻ろうかと店を出ると、雨は雪に変わりかけていた。秋田駅では、積年の課題である花善のとりめし弁当も見つけるが、今日は食う余地がないので残念ながら見送り。
奥羽本線の新庄行はクハ700で、何故かラッピングが「もやしもん」仕様。列車は次第に奥羽山中に至り、降雪も激しさを増して来る。奥羽本線を横手駅で下車すると、横手駅では駅舎までも「もやしもん」仕様である。いい加減、少しく調べてみると、横手市が「発酵文化のまち」だということで「醸」しているそうだ。横手駅からの北上線には、特に良い印象がなく、ただの繋ぎ区間のつもりだったが、望外に車窓の雪景が素晴らしい。中でも、シャーベット状の錦秋湖から疎らに覗く木立の風景は、幻想的ですらあった。
秋田駅前は殆ど再開発されつくした味わいの少ない町で、次には寄っていきたいと思っていた老舗喫茶の「やちよ」までも、この6月に閉店していた。かろうじて駅の南側に残された古い飲屋街を歩きながら、中通の春駒食堂に赴くと、11時を回ったばかりの食堂は、まだ薄暗い様子。暖簾は掛かっているので伺ってみると、ちょっとした珍客に、少し戸惑わせてしまったようではあるが、ひとまず入れてもらうことができ、待望の秋田名物肉鍋定食をいただく。熱々の肉鍋で体も芯から温まり、そろそろ駅に戻ろうかと店を出ると、雨は雪に変わりかけていた。秋田駅では、積年の課題である花善のとりめし弁当も見つけるが、今日は食う余地がないので残念ながら見送り。
奥羽本線の新庄行はクハ700で、何故かラッピングが「もやしもん」仕様。列車は次第に奥羽山中に至り、降雪も激しさを増して来る。奥羽本線を横手駅で下車すると、横手駅では駅舎までも「もやしもん」仕様である。いい加減、少しく調べてみると、横手市が「発酵文化のまち」だということで「醸」しているそうだ。横手駅からの北上線には、特に良い印象がなく、ただの繋ぎ区間のつもりだったが、望外に車窓の雪景が素晴らしい。中でも、シャーベット状の錦秋湖から疎らに覗く木立の風景は、幻想的ですらあった。
あけぼの
12月19日。いまや風前の灯火となってしまった夜行列車の「あけぼの」の乗納めに出掛けた。野暮用を早めに切り上げると、万難を排し、午後5時には上野に向う。空は生憎の雨模様だが、無事に上野駅に辿り着き、駅を出てすぐの黒船亭で洋食弁当の夕食。向かいの旦那は、悠然と「底ぬけ」なる清酒を召し上がっている。それにしても、真面目なスープというのは全く良いものだ。カニコロッケ、タンシチュー、オムレツの洋食弁当を堪能した後は、愈々迫った夜行列車の乗車に備え、同ビル地下のカフェ・ルノワールにて小半時ばかり電子機器の充電休憩をとる。
入線の時間に合わせて駅に戻り、夜食の買い出しも終えていざ13番線へ。つい入線に見蕩れて無防備なところをつかれ、ふいに取材記者の方から「乗られるんですか」と声を掛けられたので、カメラがこちらを向く前に「写真だけ」としょうもない嘘をついて逃げる。残念ながらこの日の個室は取れなかったため、開放のB寝台ということになってしまったものの、その古さはかえって味わい深い。列車は定時に上野を出発。乗りなれた皆様は、すぐさまカーテンの内側に入り、すっかりしんとして夜行モードになる。こちらも見倣って、カーテンを引いて、少し旅装を解いた。
幾度乗っても、寝台に寝そべって眺める夜の車窓はやばい。10時を回ったあたりで列車が熊谷を過ぎると、だんだんと窓際から冷気が押し寄せてきた感じがしたので布団をかぶり、少しうつらうつらしてきたところで、ガタンと停車して零時前に水上駅。外を覗くと積雪があり、小雪がちらついているのも見える。この揺れっぷりだと、個人的には全く熟睡は望めないのだが、やはり夜行寝台という空間の旅情といったらない。長岡での長い時間調整が終えて発車すると、浅い眠りながらもだらだらと休むことは出来た。車内はかなり寒いが、小さい布団でもかぶると暑いぐらいであった。
12月20日。あけぼのが秋田駅へ到着する時間に先駆けてセットしていた目覚ましが鳴る前に起きだすと、6時過ぎに羽後本荘に到着。こちらもまた雨のようで、外はまだ真っ暗だが、線路わきには白い雪が見える。ようやく空が明るみはじめたのは、もう秋田も目前になってからで、秋田駅の自販機によれば当地の気温は4度。向かいのホームには、東京行きのスーパーこまちが止まっているのが見え、あれだと何時間で東京に戻ってしまうのだろうかと、つい考えてしまう。E3系のこまちは5日ほど前にラストランをしたそうだ。
入線の時間に合わせて駅に戻り、夜食の買い出しも終えていざ13番線へ。つい入線に見蕩れて無防備なところをつかれ、ふいに取材記者の方から「乗られるんですか」と声を掛けられたので、カメラがこちらを向く前に「写真だけ」としょうもない嘘をついて逃げる。残念ながらこの日の個室は取れなかったため、開放のB寝台ということになってしまったものの、その古さはかえって味わい深い。列車は定時に上野を出発。乗りなれた皆様は、すぐさまカーテンの内側に入り、すっかりしんとして夜行モードになる。こちらも見倣って、カーテンを引いて、少し旅装を解いた。
幾度乗っても、寝台に寝そべって眺める夜の車窓はやばい。10時を回ったあたりで列車が熊谷を過ぎると、だんだんと窓際から冷気が押し寄せてきた感じがしたので布団をかぶり、少しうつらうつらしてきたところで、ガタンと停車して零時前に水上駅。外を覗くと積雪があり、小雪がちらついているのも見える。この揺れっぷりだと、個人的には全く熟睡は望めないのだが、やはり夜行寝台という空間の旅情といったらない。長岡での長い時間調整が終えて発車すると、浅い眠りながらもだらだらと休むことは出来た。車内はかなり寒いが、小さい布団でもかぶると暑いぐらいであった。
12月20日。あけぼのが秋田駅へ到着する時間に先駆けてセットしていた目覚ましが鳴る前に起きだすと、6時過ぎに羽後本荘に到着。こちらもまた雨のようで、外はまだ真っ暗だが、線路わきには白い雪が見える。ようやく空が明るみはじめたのは、もう秋田も目前になってからで、秋田駅の自販機によれば当地の気温は4度。向かいのホームには、東京行きのスーパーこまちが止まっているのが見え、あれだと何時間で東京に戻ってしまうのだろうかと、つい考えてしまう。E3系のこまちは5日ほど前にラストランをしたそうだ。
Saturday, December 14, 2013
Saturday, December 07, 2013
神明山

皇太子時代の昭和天皇がお召し列車を長津田駅でお降りになって、陸軍の大演習をご覧になった高台の奥に、さらに裏山を抜ける道が続いていた。それにしても、四日続いたこの大演習を見るために、関東一円から数十万人が見物に訪れたのだという。
Saturday, November 23, 2013
旧バラ荘

久しぶりに神奈川往還を走る長距離の路線バスに乗って横浜まで出てみた。横浜駅の東側に回ってから水上バスで山下公園まで移動し、中華街に出て軽く魯肉飯をいただく。実家でかなりの供応を受けた後ということもあり、腹ごなしに延々と歩いているうちに野毛あたりに出た。制服の警官が「踊り場のあたり?」などとケイタイで緊張感のあるやり取りをしながら雑居ビルに入っていく。野毛も中ほどに至ると、男性のメイドさんが店頭でお見送りする姿なども見える。そういえば、復活したジャズ喫茶のちぐさも行かねば。
Sunday, November 17, 2013
木葉猿

日曜の午後、東中野の洋食屋で腹拵えして東の方へ歩いてみる。神田川を渡り、外国語しか聞こえてこない北新宿の住宅地をしばし歩む。百人町の三丁目と四丁目のアパートに挟まれて細かく分かれた区画の地域は、戦後の越冬住宅の場所なのだろうか。

山手線を挟んで西の西戸山公園で生垣見本園を見学した後は、東に渡って戸山公園の箱根山を登る。戸山からは若松町まで南下して民芸店の備後屋へ。かつてこちらで見て以来、いつか欲しいと思っていた「馬乗猿」をついに購入した。そのまま大久保通りを神楽坂まで歩き、麦マルにて小憩。気温的に日和ではないが、こたつ席というのは嬉しい。もちろんマンヂウは美味い。街中には鏡花の生誕140年かなんかのパネル展をやっているポスターが見える。飯田橋まで坂を一往復し、小滝橋行のバスで帰る。

Friday, November 15, 2013
山の手文庫

良い気候の続いた3日ほど外に出られなかったこともあり、雨模様の中、バスを乗り継いで郊外をうろついた。まずは昼過ぎに調布駅まで出る。久しぶりにアジアンタイペイのランチに行きたい気もしたが、一人でバイキングでもないので、同じくひし美ゆり子さん系列の台北飯店でチャーハンにする。平日昼過ぎの台北飯店はかなりの賑わいで、次々と注文の入る「ピードン」が気にかかる。調布からは渋谷行のバスに乗り、のんびり本を読みながら移動。三宿でバスを降りて駒場東大前まで歩き、日本民藝館を訪ねる。
民藝館の展示は現在「柳宗理の見てきたもの」の特別展。曲げわっぱのような北欧サミ族のバター入れや、緑釉のフランス製肉汁受皿、幾何文様のブラジルの大壺とかに目を奪われつつ、柳家の食卓で使われていたモノを見て、今更ながら、濱田庄司も結構いいなと感じる。しかし、あのでかい模様のものだけはやはり好きにはなれない。他に柳家のものでは、旧柳宗悦邸の芹沢銈介による貝文の小襖がまた素晴らしく、わかりきったこととはいえ、柳宗理はいいものを見て育っているなと思うのであった。
民藝館を出てからは、東大の先端研を抜けて池ノ上の方へ。出来ることなら久しぶりにフランス屋の弁当を買って行きたかったのだが、やはり時間的に早過ぎる。いつ開くのか定かではないフランス屋を後にして、井の頭線の踏切を渡り、そのまま真直ぐ淡島の方へ歩く。そういえば、淡島通りにもバスが通っていたなと思い出し、少し歩いてバス停を見つけたところ、ちょうど経堂駅行がやってきたので、経堂まで乗って行くことにした。
経堂といえば茶房李白。すずらん通りを進んで店に伺うと、ちょうど玄関から出てきたご店主が気まずい顔をする。もう閉店時間なのかと思い尋ねると、「5時までと思っていてて…」と仰るので、そんな時間ならしょうがないと、「また来ます」と告げて時間を見れば、やっと4時15分を過ぎたところであった。
帰りは経堂から小田急線に乗る。雨もようやくおさまった。高架から西の方を望めば、薄いエメラルドグリーンの空に、焼けた雲が浮かんでいた。
Monday, November 11, 2013
Sing Out

のんびり新橋に到着してみると、いつの間にか昼を食っている時間がなくなっていて、取り急ぎサンアントンベーカリーでコロッケパンとバナナサンドを買い込んで文化劇場へ向った。時間を合わせて行ったのが『ナッシュビル』を上映するタイミングだったので、見逃すと3時間待たなくてはならなくなるのだ。新橋のSL広場は今日もまた古書市を開いていたのだが、流石に3時間は辛いだろう。
劇場で映画を見るのは全く久しぶり。同列の紳士が高く組んだ足のまっ白い靴下が闇の中に眩く浮かぶ。そして、紳士がおにぎりをパリパリと召上がっては、熱心にメモを取る為に繰り出すボールペンのカチカチ音に、なんとも耳が研ぎ澄まされる。とはいえ、その席はおそらく自分も幕間にパンをモグモグさせたせいで退散させてしまった方の席だったのだけど…。ただし、二本目の『ハロルドとモード』がはじまると、そんなのはほぼ関係なくなってしまうのだった。
16時半に上映が終わってフラフラとガード沿いを北上すると、有楽町の自販機角打ちの食安では、もう晩酌がはじまってる。そのまま、真っ直ぐ東京駅まで歩いて行こうと思っていたのだが、寒空の下でメールの返信などをしてすっかり手がかじかんでしまい、ちょっとホットコーヒーでも飲んで行こうと有楽町ビルヂングのストーンへ。それにしても、禁煙席というのは単に煙くないというだけで、せっかくのモダン喫茶の醍醐味を味わえない愚策であった。小半時ほど休んで、東京駅まで歩いて帰る。
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