貞光は町に迫る山影の距離感が絶妙だ。駅前の通りに出て東に歩き始めると、さっそく貞光劇場のゲートが見えてきた。貞光劇場は数年前に閉館した成人映画館だが、成人部分の残滓を排して、映画小屋の容姿を留めている。雑然とした劇場前の空き地で、ふっと草むらに足を踏み入れると、足元から鮮やかな黄緑のアマガエルが飛び出してきた。
うだつの街並を進んで、町の端らしき辻に至り、「つるぎ山道是ヨリ九里八丁」という石柱が立っているのを見てそろそろ駅の方へ引き返す。ちょうど正午も過ぎたので町中の飯田食堂に入る。食堂は地元の方々で大変な賑わい。おかずだけ買って行く方も見られるが、店はてんてこまいで、皆かなり待たされているようだ。常連らしきおばさんがバラずしもう終わり?と入ってきて、うどんと白ご飯をちゃちゃっと食って行った。
貞光からは再び徳島線で阿波池田方面に進み、佃駅で土讃線に乗換。各駅停車の多度津行に乗り込んで、今度は北上する。先日、特急に乗っていて瞬時に通り過ぎてしまった秘境の坪尻駅では、ワンマン運転によるスイッチバックの儀をフルに堪能。橋上のホームから田圃を見下ろす黒川駅もまた素晴らしい。列車は琴平に近づき、周囲は突如麦秋となった。