Thursday, November 07, 2013

ラブリー



所要で国分寺に伺い、用件の前にほんやら洞で腹ごしらえ。カレーは勿論、ラッシーがスパイシーで美味い。帰りは「日本の宇宙開発発祥の地」碑などを見ながら、新小金井まで歩いた。宇宙開発発祥の地は、糸川教授がペンシルロケットの水平発射実験を行った場所だそうで、松本零士デザインのタイムカプセルが2055年に開けられるらしい。

Tuesday, November 05, 2013

チヒョルト



神田を過ぎて、新橋で下車するのは久しぶりだ。新橋からガート沿いを少し有楽町の方へ進んで銀座ブラン亭を訪ねる。狭いカウンターのみの完全なバーであるが、昼だけカレーを出す店で、そのカレーがなんとも美味い。先客は一人。ママがマラドーナのワールドユースを見に行ったとか、当時は日韓戦では韓国の応援の方が多かったなどという話をされている。こちらは相変わらず閉じた人間性を見透かされたのか、会計までそっとしていただいた。会計が済んで「今日は天気がいいですね」と仰られるので、「夜は冷えるそうですよ」と応えると、「お酉さまも終わりましたしね」とくるので全く痺れてしまう。

そのまま銀座六丁目を進み、銀座グラフィックギャラリーでチヒョルト展。ペンギンブックスは勿論いいけど、ペンギンスコアなんてのもいい。ペンギンブックスの展示品にベラミがあったりするのも嬉しかった。展覧会のカタログは残念ながら、まだ束見本で11月中旬完成とのこと。

大手町から神田橋を渡り神保町。中古CDのタクトの店頭で、ふいに藤圭子の姿が目に飛び込んできたので、そういえば『面影平野』だけでも欲しいなぁとぶらっと入ってみる。店内で掛かっている素敵な曲は何という曲だろうなどと思っていたら、次の曲は吉田美奈子の『ライトゥン・アップ』だからもう堪らない。思い切って店長のオススメ30枚セットとかお願いしたくなるが、未知の名曲の膨大な鉱脈感にひとり勝手に消耗し、店を後にする。

水道橋まで北上してから折返し、九段から番町を抜けて四ッ谷を通り、信濃町まで歩く。そういえば、最後に新宿眼科画廊でトマソン展を観ようと思っていたのだが、歩き過ぎて忘れてしまった。

Sunday, November 03, 2013

ラリーX



なんとなく続けて浅草にやってきてみたら、町は酉の市で大変なことになっていた。空いている方、空いている方と北へ進んで千束通りのデンキヤホールへ辿り着き、名物のオムマキをいただく。隣では裃の方がビールを飲んでいで、奥のテーブルゲーム機からする音は「ラリーX」である。向こうのお爺さんの召し上がっているホットケーキも美味そうだ。

上野を過ぎ、本郷まで歩いて名曲喫茶麦で小憩。先客に倣って自家製プリンを頼んでみると、これがまた美味い。麦はやはり喫茶だけでなく、食べ物をしっかり食べに行く必要がありそうである。最後に小石川後楽園の裏を通って飯田橋まで。真っ暗に静まりかえった後楽園の入口で、休憩所営業中の明かりだけが煌煌と灯っていた。

Friday, November 01, 2013

浮雲



神田駅を出て東神田の方へ進み、左衛門橋を渡って浅草橋の洋食一新亭でオムライス。昼時は過ぎたようで客がいなかったが、しばらくすると写真仲間らしい方々がポツポツやってくる。ご主人の写真集他、写真系書籍の積まれている店内に紛れ、密かに身を隠している『富永一朗のたべある記』がなんだか気になる。

鳥越神社の方を回って浅草橋の駅に戻ると、駅前の銀杏岡八幡神社には、ネコとネコを可愛がる方々で大層賑わっている。おまけに人の方はといえば、わざわざ通ってきているような気配さえあった。そういえば、浅草橋駅前の針師さんの渋い家は今風になってしまっている。

浅草橋駅からは総武線で本八幡へ。市川市文学ミュージアムに赴き、ささやかな水木洋子展を見学する。それにしても水木洋子脚本で成瀬巳喜男監督の『濹東綺譚』が実現しなかったのは改めてつくづく残念に思われる。水木洋子に宛てた今井正の書簡の筆跡や言葉には、つい好感を抱いてしまった。ミュージアムには、今日の荷風として『断腸亭日乗』の一節がスクリーンに映し出されている。

帰りは京成の八幡駅から京成線に乗る。荷風の晩年に通ったことで有名な京成八幡駅前の大黒屋は、水木さんも利用していたらしい。夕陽を背にしたスカイツリーに向い、京成線は西に押上まで。押上からは吾妻橋を渡って浅草まで歩く。市川から浅草にやってきたのだから、せっかくなので荷風ゆかりのアンジェラスで小憩。ポワールのパイを購い、八重洲行きのバスにて帰る。

Wednesday, October 30, 2013

潮騒



お茶の水駅から歩いて、遅めの昼に神田まつやでカレー南蛮。神保町を軽く素見してから、目白通りを飯田橋へ出て、神楽坂を少し歩く。銀嶺ホールでは『きっとうまくいく』の入場にほんの少し行列ができている。一方、3時過ぎに主婦の皆様が何に大行列してるのかと思ったら「俺のフレンチ神楽坂店」であった。市ヶ谷の方に下っていって、ふと目についた蕎麦屋の屋号が「潮騒」で、当地でそれは些かマズイのでは、とつい心配してしまう。

市ヶ谷から四ッ谷まで足を伸ばし、ロンでアイスコーヒー。再び歩き出して、荒木町の方を少し回ってから新宿通りに戻ると、通りの向いにオーベルジーヌが見える。味の印象までは残っていないのものの、20年ぐらい前に連れて行ってもらったここらのカレー屋は、オーベルジーヌだったのだろうかと考えていたところで、場所の唐突感からしても、確かにここに違いないと確信した。ちなみに欧風カレーの名店とされるオーベルジーヌも、いつからか宅配専門になってしまったようである。

御苑の脇を通り新宿の方へ歩いていると、遊歩道を歩いている途中で閉門の時間となる。新宿に出たが、気分がいいのでもう少し歩いてから、中央線に乗って帰った。

Sunday, October 27, 2013

帰途



26日の朝に高松を出たのは6時だから、いしづち36号が高松に到着した24時までには、18時間をかけて列車移動したとも言える。なんだかすっかり疲れてしまい、いささか緊張し過ぎたこともあったのか、胃がむかついて少し寒気もする。列車の中からとった宿に真直ぐ投宿すると、荷も解かずにベッドにつくが、ほどなくして、腹をひどく壊し目を覚ましてしまうという有様であった。

明けて27日。朝早い便などにするんでは無かったと思いつつ、重い体を起こす。うどんさえ食べる気にもなれず、流動食とオレンジジュースで辛うじて動き、空港に向う。天候はこの上なく清々しく、高松港には船を待つ人が並んでいる。さぞかし瀬戸内ではアート日和なことだろう。羽田行の便は問題なく離陸して、雲上では機影にきれいに暈がかかっているのが見えた。高松からの飛行機は予定より早く羽田に到着した。

Saturday, October 26, 2013

四万十川



予土線の列車は2両編成ながら、後部車輌は利用者のいない自転車専用。普通客の車輌は海洋堂ホビートレインという車輌で、微妙なフィギュア陳列棚が添え付けられている。窪川を出るとすぐに列車は四万十川に添って進む。台風に襲われて濁った清流四万十川であったが、濁ってもまたミドリではある。沈下している沈下橋もまたちょっとした見物ではあった。途中、トロッコ列車と交換するところで、折返し乗込んできた車内販売は、この夏に最高気温の記録を叩きだした江川崎で降りてゆき、変わりに自転車車輌にが4人ほどの利用客が現れる。小腹が減ったので高知のリンデルで買ったクリームチーズパンのナポリをむさぼると、これが妙に美味い。

15時半に予土線は終点宇和島に到着し、懐かしい宇和島駅前をほんの少しぶらりとする。丸亀の宇和島駅から流れ流れ、正真正銘の宇和島駅でもゆっくりしていきたかったのだが、帰りの飛行機の時間もあるので、すぐに特急に乗込まなくてはならない。宇和島から松山へは特急の宇和海で1時間半ほど。ここに来る途中の列車では、もう柿がずいぶん実ってるなと思いながら移動していたが、伊予では流石に斜面の遥か上までミカンが生っている。

不安であった台風をやり過ごし、なんとか列車は松山まで辿り着いた。もう何かするのも面倒なので、早めに空港に行ってチェックインし、ロビーでゆっくりと出発を待つ。今回、松山は見れなかったけど、これはこれで良かったのかもなと思いながら、ざわつくロビーに響くアナウンスを聞いてみると、なんだかセスナが滑走路上で動けなくなり、この後の見込みが全くつかないとのこと。復旧の淡い期待を余所に、結局その後の便は全便欠航となり、明日の便に振替るため行列に並ぶ。振替は高松でも良いとのことなので、全く宿に空きが見当たらない松山を離れ、高松に向うことにする。松山駅に向うタクシーの運転手さんによれば、明日は相撲もあるので混んでいるんだとのことであった。

土佐久礼



久礼駅には10時半過ぎに到着。台風一過の虫干しにはためく漁師町を歩く。まず浜に出て階段に腰をおろすと、めざとくカモを見つけた白灰のネコが擦り寄ってくる。甚だホカホカしていて気持ちいいので、グリグリザクザクと少しだけご奉仕させていただく。大正町の市場を歩き、鰹のたたきとくじら皮の煮付けを見繕って定食。たたきもいいが、煮付けがなんとも堪らない味わいだ。マーケットの外の菓子店では、端正なかつお最中といかにも手作りのあんドーナツを購う。注文してから、その場で砂糖をまぶしてくれる段取りには、どうにも魅了されざるをえない。

丘よりの商店街を歩いていると、正午のサイレンとチャイムが同時にけたたましく鳴り響くので、そろそろ駅の方へ戻ることにした。駅前通りの葬儀屋前に出ている屋台の玉子焼も、子供たちが出来上がるのを待ち構えているのを見ると、きっと侮れないものなのだろう。そうはまた来ることが出来ないだろうと思っていた久礼の町だが、通る機会があれば、是非とも立ち寄っていきたい町となった。そういえば、久礼にはまだ他にも名物のイチゴがあるのだ。



土讃線の次は南風の3号。予土線へ乗継ぐ窪川までは15分ほどである。窪川での乗継ぎも少し時間があるので、こちらの駅の回りも歩いてみる。小半時ばかりの時間であったが、窪川の街並もなかなか素敵で、異色茶房淳とコーヒーショップ田園が向かいあって覇を競い、脇をタナベベーカリーと若者のカスバYOUNGで固めた一角は相当のものであった。次来るときは淳と田園をハシゴする時間を確保して来ようと思う。

吉野川



10月26日。本来、前日に乗る予定にしていたルートの復旧に望みをかけて、5時過ぎに起床。果たしてJR四国は全線滞り無く動いている。早速、高松駅に馳せ参じ、6時の特急で高知に向う。特急のしまんと1号は秘境駅の坪尻駅を瞬間で通過していく。土讃線が徳島に至ると、列車は吉野川の激流に沿って進んだ。

高松から2時間あまりで列車は高知駅に到着。次の特急が出発するまでの間だけ高知を歩くことにして、市電をはりまや橋まで乗車する。往年のオスロ市電やリスボン市電の車輌も活躍する土佐電だが、乗車した年代物の車輌を調べてみると元名鉄の590形だそうだ。電停を降りてから、帯屋町の飲屋街を軽く流し、暫時高知城を見上げて駅の方に引き返す。すっかり青空の広がった南国高知もキンモクセイの真盛りだ。高知名物だという帽子パン発祥の店でパンを購い、台風に備えて休業したあたご劇場を過ぎる。11月には成瀬巳喜男の4本立てが500円で上映されるようでなんとも羨ましい。

高知駅に戻って、物産店で久保田の苺アイスフロートを購入。ついでにエチオピア饅頭を探してみたが見つからない。急ぎ足で高知を1時間半ばかり歩いた後は、中村行の特急南風1号を土佐久礼まで。高知駅の発車メロディーはアンパンマンである。車内でアイスをいただいてから、エチオピア饅頭って空港とか駅でも買えたよなと思って調べてみると、残念ながら今年の5月31日をもって閉店していた。伊野を過ぎて仁淀川を見ると、大変な水位だ。切符拝見の車掌さんに「朝(しまんと1号に)乗ってましたよね」と声をかけられた。

Friday, October 25, 2013

皇帝



台風で乱れた交通機関はまだまだ復旧の気配を見せず、どうにも気も漫ろなまま、次は香川県立ミュージアムへと向かう。企画展の「たのしむ日本美術」は、東京のサントリー美術館コレクションということで、四国で見るものとしてはあまりありがたくはない気もするが、光琳が絵を付けた錆絵雪景富士図角皿など、乾山はやはりいいなと思わされる。汁注に使われる絵付の緑がまた何ともいい。展示室を屏風絵に移ってだらだらと歩き見ていると、老婆が一歩毎にオナラをしながら後ろを迫って来る。これは背後に回るわけにはなるまいと早歩きになる。威勢のいい老婆の行進はなかなか止まるところを知らず、しばし展示室を外してから、ゆっくりと英一蝶の吉原風俗図鑑を観た。ただし、場内の空気に心なしか違和感が残る。常設には、ハイレッドセンターの高松次郎の作品があって、へぇと思うが、高松と特に縁は無さそうなので、そのダジャレ感に尚更好感を抱いた。

16時を過ぎ、鉄道もバスも復旧しないので、この日は高松で台風をやり過ごすことにする。瓦町あたりの宿をとって、少しく憔悴しながら高松中央商店街を歩いていると、皇帝という素敵な感じのコーヒーサロンがあるので、人心地つけることにした。その後、予讃線は徐々に復旧していったが、あまり遅くまで混んだ列車に乗りたくもないので、改めて高松でゆっくりして行くことを心に決める。高松の巨大なアーケード商店街をそぞろ歩き、宮脇書店の本店に入る。せっかくなので、当地ならではの本を探すのだが、饂飩ばっかりでどうも引っかかるものがない。

投宿して羽を伸ばした後、瓦町駅前の「洋食おなじみ」にて美味いメンチカツ。食堂のテレビに流れていたニュースでは、天満屋が四国を撤退するという話。ということで、食後に天満屋を軽く覗いてみる。昭和38年から発売されているという名物かまどの菓子「フランソワ」が、その名も「かまどパイ」と改名したそうで、ここはひとつ貰って行くことにする。商店街に戻り、お客様わくわくデーのスーパーマルナカで、いくつかローカル食を物色。蠣三珈琲のドリップパックなんてものを見つけ、宿に帰った。