Monday, May 19, 2014

ノンノン

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5月16日。徳島駅前の宿から隣駅の阿波富田の方へ進み、朝餉にうどんをすする。阿波踊り像に見守られながら両国橋を渡り、歓楽街の栄町あたりを歩く。スナック街の狭い路地の合間からは眉山がのぞいている。「なつかしのピンクサロン」ノンノンの素晴らしい店構えに感嘆し、東新町のアーケードを通って徳島駅の方へ戻る。アーケード街には「アニメのマチ徳島」の幟が並んでいるが、阿波踊りのポスター以外に実体や舞台となった作品があるようでもないのが空しい。駅前の森珈琲店のブレンドをいただいて、脇のポッポ街を少しのぞく。駅前の大判焼き屋には「男女踊子及び鳴物増員募集中」の幕が貼り出されている。

徳島駅からは阿波池田行の徳島線各駅停車に乗る。沿線は昨日今日苗を植えたような田圃が多い。水を張った田圃の真ん中には、周囲を完全に水に囲まれてポツンと立つ石碑や墓碑が目立つ。山の位置をみても、徳島線は吉野川に沿って進んではいるものの、川自体は穴吹の手前で少し見えるぐらいである。穴吹駅では7分の停車。うだつの脇町の玄関口の穴吹駅前にも、立派なうだつが上がっている。列車が穴吹駅を出ると国道を「うだつタクシー」が並走していた。

Sunday, May 18, 2014

阿波

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鳴門駅前から撫養川に沿って歩き、文明橋を撫養城の方に渡って、撫養街道の雰囲気を少し味わう。蜂須賀時代には天守が無かった撫養城だが、確かに天守を置きたくなるような小山である。文明橋を戻って大道銀天街の端を少しだけ回り、日没を前に散策を切り上げて鳴門駅に戻る。鳴門線の沿線は蓮田が広がり、鷺や鵜などの水鳥も多い。のんびり進む列車は、高徳線に合流して更に通過待ちを重ね、20キロ弱の行程を50分ほどかけ、19時過ぎに徳島駅へ到着した。

徳島駅の売店を素見してから駅前の一番町商店街を少し進み、はなや食堂という洋食屋でポークチャップ定食をいただく。行きがけにはシャッターが閉まっていて、今日は閉店したのかもしくは廃業したのかと思って眺めていたアートレコードという店が、20時過ぎに引き返すと営業している。徳島にも案外面白そうなレコード店があるんだなと思って調べてみると、19時から20時まで休憩して、23時まで営業するというなかなか素敵なシステムであった。投宿する前に立ち寄ったコンビニで、久保田食品のバナナアイスをみつけ、風呂上がりの四国を堪能した。

渦潮

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5月15日。神戸の墓参りが雨になったのは初めてだが、墓碑の上に延びた木の枝から落ちてくる毛虫たちは今年も元気である。今回は、神戸からバスで徳島に渡ってみようと思う。墓参を終えて駅に戻り、徳島行きのバスを待つ間、気になっていた新神戸駅北側にある布引の滝を見に行く。新幹線の駅から僅か数十メートルであの深山の趣とは、思った以上の見物であった。

新神戸を出たバスは三ノ宮のバスターミナルでだらっとするが、三ノ宮を出てからは1時間ほどで淡路島を渡り、鳴門公園に至る。大鳴門橋の道路の下は、鉄道を敷くはずであった空間が歩けるようになっており、海上に450メートルほど進んで、眼下に見事な渦潮を見下ろす。渦潮が見頃となる満潮の時刻の4時半を前に、少しづつ渦が出来はじめているが、パンクチュアルなおばさま達はきっちりと満潮の時刻を待っている。海上は風が強く、橋の東側ではなるとのような渦が、西側では小紋のような渦が巻いていた。

鳴門公園からは路線バスで鳴門駅へ。寺社風の岡田信一郎の作品をさらに仰々しくした感じの何かの新興宗教なのかと思った豪壮な建物は、大塚潮騒荘という大塚製薬の保養所らしい。海辺のロードサイドにはペンキで「芋」と大文字で書かれたドラム缶が見え、鳴門金時が販売されている。大毛島から四国本土へ小鳴門橋を渡っていると、ふと目に入った鳴門ボートの廃スタンドに思わず目を奪われる。ただし、既に南海地震の津波対策の護岸工事と新スタンドへの改修作業を進めているようで、廃墟となるものではないらしい。鳴門は大塚製薬のホームタウンなので、壁面にポカリ、ボンカレー、チオビタと大きくロゴや広告が描かれた工場なども見える。

Saturday, May 03, 2014

焼餅坂



神奈川宿から戸塚宿まで東海道を歩く。酒屋からコンビニに変わっていたかつての友人宅前を過ぎ、大変なにぎわいの洪福寺松原商店街を抜ける。保土ヶ谷から不毛な国道沿いを暫し進み、東海道の最初の難所といわれた権太坂を登る。境木の国境から焼餅坂を下った住宅街を、長いリスが駆け抜けて行くのが見えた。

Saturday, April 26, 2014

長崎カステラ



桜上水で竹細工を見て、下高井戸で昼飯。京王線沿いに笹塚まで出て、久しぶりに北沢五丁目の商店街を歩いた。道中、亀泉堂のカステラを買って、計算のできない御店主に代わっておつりを申告する。大山の方へ進んで、ユニクロの御殿を過ぎ、代々木八幡に拝してから、ミドで小憩して小田急で帰った。

Tuesday, April 15, 2014

佐賀

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佐賀駅を南に歩きかけて目に付いた捨て看板によれば、この日は午前中に「さが桜マラソン」なるものが催されていたらしい。駅前に延びる中央大通りから少し東に入り、復興通りを佐賀城の方へ進む。昭和8年の大火からの復興を指しているという復興通りの枯れっぷりはなかなか素敵だ。路地に入った、細かい水路の廃れっぷりもまた何とも良い。復興通りからさらに東に逸れ、昼食に皿うどんの春駒食堂に向かう。途中、呉服元町のサガン鳥栖ショップが、街中に向けてゴール!ゴール!ゴール!ゴール!と狂ったように絶叫しつづけている。

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春駒食堂に入ると、ここにもdデザイントラベルの手が回っている。食事を終えて復興通りに戻り、佐嘉神社まで南下する。神社領にあったストリップ劇場「さがDX」の跡は、一年ほど前に撮影されたというストリートビューで確認することができるものの、残念ながら跡形も無い。駅までの帰り道、珈琲店の珈茗爾にひかれつつ、もう疲れて立ち止まりたくなかったので、駅までそのまま歩き続けた。佐賀駅構内が大混雑しているのは、マラソン大会を退けた人々によるもののようだ。余裕をもって佐賀を出たのはいいものの、新鳥栖駅の何もなさもあわせ、珈茗爾で一服していけばよかったと思ったりする。

新鳥栖からは新幹線に乗って、久留米から先の未乗区間を一気に鹿児島中央駅まで。ほどなく車窓には熊本城が映る。また学会があったわけではないだろうが、熊本駅の上りホームはなかなかの混雑ぶりである。鹿児島中央駅であってくれと願っていた両棒餅の姿は見えず、以前買い求めたマルハチふくれ菓子の姿もない。ここまで南下しても、まだ肌寒い感じはしたが、最後は「むじゃき」にてかき氷のしろくまでしめた。帰路、飛行機が鹿児島空港を発つと、眩い宮崎の上空を通過して太平洋に進む。機長の挨拶で窓の外を見る。北に見える灯りは高知市のものだという。帰りの飛行機も20分ばかり遅れはしたものの、往復とも上空からこんぴらさんにご挨拶した甲斐があって、久しぶりに平穏な旅となった。

Monday, April 14, 2014

唐津

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4月6日。なかなか肌寒い福岡の朝である。2日歩き続けた足の疲れもあり、朝の中州散歩は自重して、バスで博多駅まで。博多駅前広場にはドラえもん展のドラえもんがポコポコとならんでいる。いささか血迷って牛たん朝定食などを食してしまいつつ、筑肥線直通の市営地下鉄で唐津へ。快速の唐津行は地下鉄なのにトイレ付である。筑肥線に連続する姪浜駅で地上に出ると、高架から望む玄界灘がいきなりなかなかの絶景だ。九大学研都市駅で学生を下ろし、筑前前原駅で各駅停車に接続すると、ほとんどの乗客がいなくなり、薄ら寒かった電車の中がますます寒い。それにしてもこのあたりの玄界灘というのも思いのほか見物であった。東唐津を過ぎると、川を渡る橋梁の上から唐津城が見える。終点の西唐津の駅前には何もないので、そのまま唐津まで折り返した。

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唐津駅を出て、京町のアーケードを歩いていると、店頭にdデザイントラベルのおかれた豆腐屋がある。調べてみると、訪れた日が日曜でなければ、日本一のざる豆腐の朝食をいただくことができたらしい。木綿町のスナック街を抜け、町田川を渡る。小島に浮かんでいるような唐津城の風情がいいので、珍しく登城などしてみる。唐津城に渡る地下道ではギター弾きの若者が何故か津軽海峡冬景色を弾き語りしている。天守から晴れ渡った唐津湾を望み、市街地に戻る。小腹が減って何かつまみたくなり、こんな時にからつバーガーがあれば全く理想的なのだが、こちらも日曜定休とのこと。

唐津駅からは唐津線の人気の無いキハ47で佐賀駅に向かう。唐津線は松浦川沿いに筑紫山地が少し開けた平地を進む。唐津を出たっきり、多久ではじめて降りる客がいて、次の中多久で学生が乗ってきた。

Sunday, April 13, 2014

美美

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博多駅には18時前に到着し、すぐに地下鉄で大濠公園へ。枝垂桜が盛りの福岡城内を抜けて珈琲美美に向かう。結論としては、珈琲美美の美味さは個人的にはベストと言っていいと思う次第。

せっかく六本松の方まで来たので、ついでに多津田食堂まで行って豚みそ煮定食。これがまた美味すぎて唸った。六本松からは地下鉄で天神まで出る。ここからぶらっと中州まで足を延ばして、夜食用におむすびでも買おうと思っていたものの、足が疲れてきたのでパス。コーヒーとメシが超級の物件だったので良いのだが、流石に博多というものを堪能してはいない感じはする。それにしても、あの調子でいくとおにぎり村のおにぎりのレベルはいかほどだったのかと、想像するだに恐ろしい。最後に静まりかえった柳橋連合市場をぶらっとして投宿。

Saturday, April 12, 2014

豊後

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延岡から北へは、ほぼ各駅停車の走っていない区間なので、特急のにちりんで大分へ向かう。次の佐伯までは1時間で、大分までは2時間もかかる。確かに列車は山間の谷川沿いを進み、スピードが出ない。列車交換で停車した駅で、これが10年前なら寝台特急の富士を見送っていたのだろうかと思って調べてみれば、10年どころではなく17年も遡らなければならなかった。当時の時刻表を見てみると、前日の18時に東京を出た寝台列車が佐伯駅を発着するのは13時ちょうどぐらい。特急にちりんの方といえば、定刻通り12時41分に佐伯駅へ停車した。佐伯駅には佐伯出身だという富永一朗の漫画看板があちこちに飾られている。佐伯からは乗車してくる人も多い。駅を出ると一瞬海が見えるが、午後は生憎の曇りであった。

大分駅は改札も自動なら、駅の土産店も洒落ていて、宮崎などより今様である。この辺りなら観光的には温泉に泊まるだろうし、大分市はただ県庁があるだけなのかと思っていたが、この都市っぷりを見ると、大友宗麟はやはり偉大な為政者だったのかもしれないと思ったりする。外は雨ですっかり肌寒いので、アーケード街の中だけをうろつき、雨に濡れる飲み屋街へは出向かわず。黒田官兵衛フェア中の明屋書店では、松本清張の『軍師の境遇』という文庫本を購入。五車堂という味わい深い感じのカレースタンドがあってひかれつつ、些か重そうなので、アーケード街奥地のカフェ開書堂にて小憩した。『軍師の境遇』は微妙であった。

大分駅に戻って、とり天と鶏めしを購い、博多行の特急ソニックに乗込む。雨はますます本格的になり、山間は霧が立ちこめている。小倉でスイッチバックして鹿児島本線へ入ると、ほどなく折尾駅。車内から改築の様子はハッキリとはしないものの、どうも無惨な姿になっているように見える。

Friday, April 11, 2014

延岡

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閑散とした延岡のアーケード街の新天街を歩いていると、朝っぱらから「もっと強くだきしめてよ♪ 奪われないように♪」と激しい歌謡曲が鳴り響いている。アーケードを抜けた大通りを走っているバスの行先板に「レーヨン」とあるのは、さすが延岡だと言えるだろう。街中を走るランナーのペースが素晴らしい気がするのは、旭化成を意識し過ぎだろうか。五ヶ瀬川を渡り、中州の牟田町を歩く。

昨日夕食をいただいた宮崎の店はタルタルをかけたチキン南蛮発祥の店で、延岡にはチキン南蛮自体の発祥の店がある。時間的に、まだ腹が減ってはいないものの、延岡まで直ぐにまた来れる可能性も低いし、残してもいいからとりあえず行っておくか…というような不遜な態度で店の前まで行ってみると、臨時休業の張り紙。50メートル先の新店舗に移転するための一週間の休業などという千載一遇の刑にあった。ただし、チキン南蛮を食べていたら、胃に余地がなくなってスルーせざるを得ないだろうと思っていたハムたい焼き?のハムタイを駅前の高田万十にて買い食いする。オマケにおばちゃんがブルボンのチョコリエールをくれた。